楢崎朔也は県外への高校への進学にあたって母親の友人の家に下宿することになった。
しかし、生天目知美-母親の友人-は仕事により、殆どを海外で暮らすため、必然的に一人娘の午前(まひる)と共同生活を営むことになった。
朔也の母、と書いたが本当の母ではない。父の再婚相手だったのだが、その父は小学六年生-再婚直後-の時に永遠の別れを告げることとなったからだ。今は本当の母と共に墓に眠っている。
「……ん?」覚醒してすぐ朔也は疑問を抱くこととなった。彼自身の記憶では、学校で期末試験をうけていた筈だ。
「……ようやくお目覚めか。来週いっぱい家事の当番は代わってもらうから。」頭上で声が聞こえる。声の主は午前の者だ、もとより殆どこの家には二人しかいないのだが。
「何があったんです?」朔也は問う。「期末試験の途中で倒れたんだ。相も変わらず病弱な事で。」午前の口が悪いのはいつもの事だ。
ようやく事態を把握したので、一通り礼を言うと(看病はいつお彼女にしてもらっている)、夕食の準備にとりかかろうとした。しかし、それを午前に阻まれる。
「なんです?」
「家事は来週からでいい。少し休んでいなさいな。」
「もう平気です。午前さんこそろくに寝てないはずだ。お夕飯を拵えるまで横になっていてください。」
いつものやりとりを経て、いつものように午前が折れ、自分の寝室へと向かった。
冷蔵庫には食材が一昨日買い出ししたまま入っていた。恐らく午前はインスタントで済ましたのだろう。
少々罪悪感を感じつつも、尚更栄養が偏らないように気をつけ朔也は夕餉を作り終え、寝室まで午前を呼びに行った。
基本的にいつも食卓は静かである。しかし、その静寂を不意に午前が破った。
「少し、聞いていいか?」
「内容にもよりますが、善処しますよ。」
「……君は不安になったことがないのか?」
「無さそうに見えます?」
「質問への質問に更に質問で返すが、私が気付いていないとでも思っているのか?」
生天目家へと向う直前に朔也は義母から、長生きは望めない体だという事を聞いた。
不思議と恐怖は無く、むしろ心地よいくらいに納得することが出来た。
「詳しくは分らないさ、それでも私も莫迦ぢゃない。察しぐらいつく。」
「……不安にならない訳ぢゃありませんよ。ただ……慣れちゃっただけです。」
「そんな、哀しい事をいうもんぢゃない。それとも死後の世界でも信じているのか?」
「死んだら会えるなんて、それこそ気休めですよ。保証なんて何も無い。誰も知りようがないし、知っても伝える術がありませんもn」
強い視線がぶつかり、突然に朔也は抱きしめられた。午前は啼いている。
「だったら、強制的に死ねない、最後まで抵抗する理由を作ってやる。君に選択の余地など有ってたまるか。」
朝は等しく、生きとし生けるものにやって来る。
結局、あの晩で朔也は午前に骨抜きにされてしまった。
……ただ今となると、わざと自分はそうしたんぢゃないかと思うのだ。
繋がって、生きていたいから。だから午前を煽って手籠めにさせた。一石二鳥だった訳だ。
「ほら、早くしなさいよ。今日は期末の再試なんでしょう。」あれから午前は少しお淑やかになったと朔也は思う。
「わかりました。少々お慈悲を。」
さて、今日も生き延びましょうか。そう心に決めて朔也は午前と二人で自宅を後にした。