こんにちは!
最近なんとなく気持ちが落ち込んでいて、ブログをサボってしまいました。
例の国の話を続けましょう。
冬休みが終わったら、学校に行かなくてはなりません。
私は、比較的家に近いところに、リセ・ライック・フランコ・リバネというリセがあったので行くことにしました。
ライックとは、宗教とは関係ないという意味です。
何しろこの国には、色んな宗教を信仰する人々がいたので、フランスとしては宗教とは無関係な教育を実施する必要があったんでしょうね~
フランスは基本的にライシテ(政教分離)を重んじる国ですから、昔植民地であったフランコフォン(フランス語を国語とする国)の国においても、そのことを主張したんでしょうね。
そこは女子高でした。先生も殆ど女の先生でした。
女の先生だから、時々ヒステリーを起こされ、とんだとばっちりを受けた事があります。
それは、フランス語の女先生だったんですが、ある時作文の宿題を出されました。
作文(redaction) は、フランス語学習の中で重要視されていますので、毎週作文の宿題が出ます。
私の作文能力はまだまだ低いのですが、たまたま、上手に面白く書けた事がありました。
提出後数日して、先生がとても機嫌が悪いのです。
痩せて神経質な感じの人なので、ピリピリして、怖いくらいでした。
突然、私と何人かの人の名前が呼ばれ、「作文を誰かに書いてもらったでしょう!」とインチキしたかのように怒鳴りつけられました。
私は、今回は上手に書けたと内心喜んでいたので、こんなことを言われて、怒るよりも呆気にとられてしまいました。
びっくりしすぎてて反論することもできませんでした。
この先生は普段は優しい人なので、この日は、よほど虫の居所が悪かったんでしょうね~
この時の同級生たちは、私を嘲笑うどころかとても同情してくれました。
この国で、印象に残ったことの一つは。女性たちがとても思いやり深く、感受性が鋭い人が多かったということです。
やはり、イスラム教の国だから、社会的に女性の地位が低く、虐げられていたので、その分、女性同士の助け合いの意識が強かったのではないかと思っています。
それに、フランス人がアジア人を見る時によく見られる「上から目線」のようなものが、この国の人にはなかったからとも言えますね。
私には、学校生活の楽しい記憶というものがあまりないのですが、この国の少女達の優しさはずっと懐かしい思い出となっています。
この後1970年代に入って、激しい紛争がこの国で起こるのですが、彼女たちが安全に逃げる事ができ、どこかで幸せに生きていてくれることを願って止みません。
