今、バレンタインデイが近いということもあって、再び「ショコラ」を観る機会がありました。
2000年の映画です。覚えておられますか?
当時はいい映画だなあとは思っていたのですが、今回再び観て、いい映画というのは何度も、数年おきに観て、毎回違った感想を得ることができる映画なんだなあ、と改めて思いました。
フランスのとある小さな村、そこに住む人々は毎週日曜日に教会に通い、敬虔なキリスト教徒のように見えました。
もちろん彼らは善良な人々なのですが、レノー伯爵という敬虔なキリスト教徒でこの村の有力者の存在があるからです。
彼は、神の名の下に厳格な規律を人々に強いて、それに従うことを要求していたのです。ある意味そのことによって人々を支配していたのです。
ですから、村は一見平和で、静かなところに見えたのですが、それは表面的なものに過ぎなかった。
そこへ放浪者のような親子がやってくる。色んな町や村に流れ着いてはそこでチョコレート屋を開き、また気が向いたら、別のところへ去っていくという生活を続けている不思議な親子。
母親のビアンヌは、南アメリカの古い文明の不思議な魔法で、人々の好みのチョコレートを当ててしまい、人々をチョコレートの虜にしてゆく。
夫からの暴力を受けていた女性を解放したり、偏屈なおばあさんの心を解きほぐしたり、変わった少年の才能を認めてあげたり・・・
彼女は、他人を自分の基準で批判するのではなく、あくまでその人間をありのまま理解しようとする。
それって中々できることじゃないですよね。
一方の伯爵は、敬虔な信仰者の振りをして、人びとを支配しようとしていたのに対して、無宗教のヴィアンヌは一人一人を理解し、愛そうとした。
最後に伯爵は悪徳だと思っていた、甘いものに対する欲望を抑えきる事ができず、チョレートの甘い誘惑に負けてしまう。
誰にでも弱点があるんですよね。それは罪ではなくその人の特徴に過ぎない。もちろんそのことによって他人が迷惑を被るならば、制御されなくてはならないけれど、もしそうでないのであれば、その人の特徴として捉えられるべきだと思います。
現代のフランスにはこのような葛藤の歴史があり、全ての人々を受け容れようとする姿勢が作られてきているように思いました。
