「シャーリーエブド」事件で問題となってる表現の自由について、いろんな人が色んなこと言ってます。 私も少し言いたい事があるので書いてみます。


なぜフランス人が、普段「シャーリー」なんて読んでない人が、あの事件が起きてからは、「シャーリー」を支持しているのか?


それはやはり「シャーリー」はあくまで権威、全ての権威に対して挑戦的だったからですよ!

自分が属してるからという理由で、こっちに甘くて、敵には厳しいとか言う人たちとは違うんですよ。


彼らは、イスラムだけではなくキリスト教に対しても厳しい目を向けていた。フランス人独特のブラックユーモアを交えて風刺していたんだと思う。


彼らの強烈な風刺画によって批判された人達はきっとはらわたが煮えくり返ったのかもしれない。


でも一方で、それを見て溜飲が下がる思いをした人達もたくさんいる。それは、権威の元にかしづかざるを得ない名もない普通の人々でしょうね。


人間て、誰でも自分が批判されると怒りを覚える。そして、他人が批判されると、ニヤリとする。正直言って私もそうですよ。


でも批判されることによって自分の欠点が分り、自分自身が客観的に見えてくるという利点がありますよね。


ほめられることも批判されることもそれぞれ良いところがあるんです。だから、理性的なフランス人は批判することもされることも恐れない。


それに権威に対して戦いを挑み続けるということは、フランス革命の精神に通じる事ですよね!


フランス人の中には、どこかフランス革命を起こした人々の子孫だという強い自負心が生き続けていると思います。


だからあの時のように、皆で広場に集まった。


ドラクロワの絵の中では、フランス国旗を自由の女神が掲げていましたが、今回は大きな鉛筆を掲げているという違いはありますが・・・