1月7日にフランスで起きた事件、皆さんもショックを受けておられると思います。

民主主義の自由、その代表格であった表現の自由が侵された、大変ショッキングな事件ですよね!


民主主義をこよなく大事にしてきた国々の人々は今立ち上がり、”Charlie Hebdo"への連帯を表明しています。


”je suis Charlie "というプラカードを掲げ、人々は集まっています。

「私はシャーリーです。」という意味です。


「シャーリー エブド」を亡き者にしようとすることは、私達、民主主義の自由をこよなく愛し、大事にしてきた人々を抹殺しようとすることと同じだと言ってるんですね!



フランスはこれまで、ある程度の規制はしてきましたが、移民に対してかなり寛大な国でした。

それは、移民であろうと、どんな人であろうと、全ての人びとの生きる権利を尊重してきたからでした。


今回の犯罪者達は、まさにその寛大さのお陰でフランスに住み続ける事ができた親から生まれ、育てられた人達でした。


32歳と34歳の兄弟、いったいどんな人生を歩んできたんでしょうか?

1980年代の始めに生まれてますよね。


私の感覚からいうと、1970年代までは自由で寛大な空気があったように感じられたのですが、80年代に入ってから、何か、妙に排他的な空気を感じるようになりました。


のんきな美術学校の生徒で、経済や社会にはとても疎い世界に暮らしていたにもかかわらず、そんな空気を感じたということは、社会も少しずつ変わっていく転換期にあったのかもしれません。


少しずつ寛容さを失って、変化していく社会の中で、差別やイジメに会ったのかもしれません。

それが、イスラム過激派の誘いに乗ってしまう隙を作ってしまったのかもしれません。


彼らは亡くなってしまいましたが、同じような境遇、同じように過激派に感化された人々はたくさんいると思います。これから、そういう人々を識別するような体制ができていき、ますます、社会的なな差別が激しくなる事が危惧されますね。


民主主義の自由を守るために、それを尊重できない人々を迫害しなくてはならなくなるという皮肉な社会が生まれていくんでしょうか?


ますます、西欧とイスラムの対立が激しくなるという悲しい事態に突き進んでいく・・・

その一つの転換点になってしまうんでしょうかねぇ。


悲しいです。