今日、ある方のブログを読んでいて、とても共感した事がありました。


今まで、私は聖書を通じてイエス様の教えを学んできました。そして、自分の中で深く納得する事がありました。


聖書に書かれていることは、正しいから信じなさいというものではなく、まさに真実だと感じたから信じられるのです。


イエス様の説かれる真実は、説教を通して教え込まれるのではなく、全ての人の心の中にある真実を明らかにすることなのだと納得した事がありました。


その事が、今日読んだある方のブログの中でこんな風に表現されていました。


「 誰もが自らの本質において、何をしていいかを知っています。

それを法(ダルマ)と言います。

法(ダルマ)に従えば、個人にも社会にも秩序が生まれ、何の問題も起きません。


しかし、法(ダルマ)を忘れてしまった人があまりにも多かったので、社会秩序を保つ為に人為的に作られたのが法律です。

法律とは人間が発明した借り物の法(ダルマ)であり、借り物の愛です。

道徳も同じです。」(”いまここ”、by Abe Toshiroさん)


そして人間の本質は愛なのです。



キリスト教も、仏教も一つの入り口だと思います。


本質に気付く為の入り口だと思います。


そして、イエス様や仏陀の本質が感じられたとき、もうそこに違いは無くなるのだと思います。