最近はまっている「けんけんさん」のお蔭で、ある事が解ってきました。
私は今まで多分2回ほど神秘体験をしました(悟り体験、至高体験とも言います)。
1回目は前回、前々回と2回に分けて書きました。
2回目は数年前です。 とても強烈な体験でしたが、なぜそこに至ったのかもう一つ解っていませんでした。
しかし「けんけん」さんのブログを読んでいるうちに、その理由がようやく解ってきたのです。
ケンケンさんは、彼が悟りに至った経緯をはっきりと書いておられます。そのお蔭で、私の場合についても解ってきたのです。
彼は、15歳の時からと言っておられたように思いますが、スピ系、哲学など多方面にわたって勉強をして来られました。もうこれ以上はないというくらい勉強をして最後には鬱病になるほどに悟りを切望しておられました。
そしてある時、そういうものを全部捨ててしまったときに・・・悟りが突然訪れたといっておられました。
実は私は、結婚と同時にある宗教にお世話になることになりました。(あまりはっきりと言いたくないので、済みません)
そこで何年も教えを聞いてきました。普通の人はたいてい1~2年くらいで信者になられるようですが、私は物分りが悪いのか、そういう気持ちになれませんでした。
しかし10年以上経過し、周りが呆れ顔になってきて、「これはちょっとまずいぞ」と密かに思うようになっていました。
少しあせり始めたんですね。
でもだからといって、「納得できなければだめだー」とか思ってました。
そういう状況があったんです。
焦りとも、望みともつかないような状況。
そこにやって来たんです。夏の終わりのとてもよく晴れた日に・・・
その宗教の信仰の教えは、素晴らしい先生に恵まれて、申し分ないものだったので、済まないなあという気持ちはありました。
でもそこに集う人々は、教えとは全く反対の「集団の決まりごと」のようなものに従って生きているようにしか見えませんでした。
その矛盾を感じる中で、私はどうしても周りに合わせる事ができなくて、苛めを受けるまでになっていました。
何を言いたいのか少し迷子になってしまいました・・・
このブログで言いたかったのは、私も一応、「道を求めていた」のだと・・・それとは意識せずに、求めていたのだということに気付いたんですね。
「道を求める」という希求があったからこそ、それに「答え」が出たのだと思います。
その事がはっきりと、「けんけん」さんのお蔭で解ったと言いたかったのです。
つづく
