マーティン・スコセッシ監督の作品だったと思うのですが、ダライ・ラマ14世の半生を描いた映画です。
好きな映画の一つです。
とにかく色彩が素晴らしい。
美しくカラフルな映像が好きな人には堪りません。それだけでも十分楽しめます。
「もっちさん」のブログに対するコメントで、「何で瞑想もインプットも無い人が悟りの体験するんだ」って言ってる人を見かけました。
私は、感性も必要だと思いますよ。
そして感性とは磨くもの、いろんな体験を通して人は感性を磨いていくんだと思います。
ただ瞑想をして待っていれば訪れるものではない。
「もっちさん」は体験に対してとってもオープンな方だと思います。
「クンドウン」に戻りますが、クンドウンというのは、ダライ・ラマの本名らしいです。彼は地方に暮らすごく普通の子供でした。それがある時先代?のダライ・ラマの生まれ変わりだとして見出され、チベット仏教の最高位の僧侶になります。
そのため子供のときから、悟りに至るための訓練を受けるんです。
彼の悟りがどんなものだったかは忘れましたが、悟りについて言っていた言葉を一つ思い出しました。
「悟りとは究極の現実です」という言葉です。
この言葉はとっても納得がいきました。
その瞬間、全ては瞬時に解るのです。
これは体験しないとわからない。それが究極の現実だということは。
ps: コメントでご指摘がありましたので、付け加えます。
十分に文章の内容を熟考して書いていなかったため、読まれた方に考えの未熟な点を指摘されてしまいました。
「まるで万人に通ずる真理が存在するかのように勘違いされているが・・・」と誤解されてしまいました。
ご指摘のとおり、現実は「全て自分の感じ方のみで出来上がっている。」のです。
説明が足りなかったことをお詫びいたします。
