私が修行の為にお邪魔して居りましたお寺の一角に、お施主様方のお子様のお名前(場合によっては享年も)が、丁寧な刺繍で縫い取られたお頭巾やあぶちゃん(よだれかけ)を沢山着けて鎮座する地蔵様が居られました。
いつも香華が絶える事が無く、私共も四季折々のお花やお菓子、おもちゃ等をお供えし、今頃の季節には「鯉のぼり」を揚げて居りました。
五月晴れに悠々と泳ぐ鯉のぼりは五色の吹き流しを天辺に、真鯉のお父さん、緋鯉のお母さん、小さい鯉は子供達と、それはもう幸せそうに泳いで居られました。
御参拝中の方々も頬を綻ばせて、或いは目頭を押さえながらご覧に成って居られました。

鯉のぼりは江戸期の武家の風習であったと聞きます。当時の栄養状態や医療技術、衛生観念では、折角授かったお子様との哀しいお別れが多かったと云います。その為、授かったお子様の御健康をお祈りする鯉のぼりが誕生したとか。
(将軍家の男児誕生時に幟(のぼり/旗の一種)を立ててお祝いする風習、中国の伝説「鯉の滝登り/登竜門」伝説の鯉を結びつけた、前記複合説等、諸説あります)
吹き流しの五色は魔除けの効果が信じられて居て、五行思想が反映されて居ると伝わって居ります。
古代中国の「木=青(緑)・火=赤・土=黄・金=白・水=黒(紫) の5つの元素が互いに助けあったり(相生)、打ち消し合ったり(相克)しながら、全ての物事が循環して居る」という思想ですね。
今ですと「なんて非科学的な」と言われて仕舞うかも知れませんが、当時の人々の切なる願いです。私には、それがとても美しいと思えるのです。
そのお寺にございました鯉のぼりも元々、お施主様がご自身のお子様にとご用意されたはずの物でした。お地蔵様の前の鯉のぼりをご覧に成って目頭を押さえるご夫婦にも、きっと同じ様なご事情があったと察せられ、合掌せずには居られませんでした。
誰もが、あの鯉のぼりに己の家族を仮託して見上げて、微笑む姿が五月晴れに映えて居りました。
私はと言えば、
武蔵野特有の夕風に乗って、しばしば家出してしまう(いつも余所の家の真鯉と緋鯉の間に絡まって泳いで居た)緋鯉に生母を思い出す事しきりで、苦笑いでしたが。
いつも香華が絶える事が無く、私共も四季折々のお花やお菓子、おもちゃ等をお供えし、今頃の季節には「鯉のぼり」を揚げて居りました。
五月晴れに悠々と泳ぐ鯉のぼりは五色の吹き流しを天辺に、真鯉のお父さん、緋鯉のお母さん、小さい鯉は子供達と、それはもう幸せそうに泳いで居られました。
御参拝中の方々も頬を綻ばせて、或いは目頭を押さえながらご覧に成って居られました。

鯉のぼりは江戸期の武家の風習であったと聞きます。当時の栄養状態や医療技術、衛生観念では、折角授かったお子様との哀しいお別れが多かったと云います。その為、授かったお子様の御健康をお祈りする鯉のぼりが誕生したとか。
(将軍家の男児誕生時に幟(のぼり/旗の一種)を立ててお祝いする風習、中国の伝説「鯉の滝登り/登竜門」伝説の鯉を結びつけた、前記複合説等、諸説あります)
吹き流しの五色は魔除けの効果が信じられて居て、五行思想が反映されて居ると伝わって居ります。
古代中国の「木=青(緑)・火=赤・土=黄・金=白・水=黒(紫) の5つの元素が互いに助けあったり(相生)、打ち消し合ったり(相克)しながら、全ての物事が循環して居る」という思想ですね。
今ですと「なんて非科学的な」と言われて仕舞うかも知れませんが、当時の人々の切なる願いです。私には、それがとても美しいと思えるのです。
そのお寺にございました鯉のぼりも元々、お施主様がご自身のお子様にとご用意されたはずの物でした。お地蔵様の前の鯉のぼりをご覧に成って目頭を押さえるご夫婦にも、きっと同じ様なご事情があったと察せられ、合掌せずには居られませんでした。
誰もが、あの鯉のぼりに己の家族を仮託して見上げて、微笑む姿が五月晴れに映えて居りました。
私はと言えば、
武蔵野特有の夕風に乗って、しばしば家出してしまう(いつも余所の家の真鯉と緋鯉の間に絡まって泳いで居た)緋鯉に生母を思い出す事しきりで、苦笑いでしたが。