俺は所謂建築現場、工事現場で働いていた。
現場には気は優しくて力持ちって云う人が一杯居る。

しかし反面、
「脳味噌に筋肉が回っちゃった様な人」が多いのも事実で、
何て言うか、
最高に熱かった。

彼等は一様に面倒見が良くて、正直で、自分の事では(あまり)怒らない。
腕を褒められる事が最高の誉れで、
腕を貶される事を最悪の恥と感じ、
そうならない為に日々精進し、腕を磨く最高の男達だ。

ただ、
昔(度を越して)やんちゃだった人が多く、
言動が理解不能な方だらけなのも特徴の一つだ。

今日語りたい親方もそんな一人だ。

その親方は鉄筋屋の親爺で、
つまり、余所の親方なんだけど、
俺が機械土工で入ってた現場に来ていた。

俺達の仕事でも河川護岸工事等で鉄筋を組む事が稀にあるし、
その度外注に頼むのも癪なので、
ちょっとでも時間が有れば彼等の仕事を見せて貰って、
時には手伝ったりしていた。

その仕事を覚えようと思ったのだ。

ご多聞に漏れず面倒見の良い親方さんは、
熊そっくりのいかつい外見にそぐわず細やかで、
入り組んだ配筋図の読み方や、狭い現場内での効率的な仕事の取り回し等、
一筋でやって来た者のみが語れるノウハウを惜しみなく教えてくれた。

チョイチョイ付いて回る俺をからかって
「お前ぇ中々目端が利くな!ウチでやってみねぇか!」
的な意味の言葉をかけ、誘ってくれた親方さんは最高の笑顔で、
若い頃のやんちゃで鼻が曲がってて、おまけに前歯も無くて、
実はいつも「なんて言っているのか」を、
脳フル回転で聴き分けていた。

俺が子供の頃、
家が有機溶剤を扱う工場をやっていたので、
ラリで前歯ない人に対する聞き分けスキルを持っていたけど、
それにしても難しい”しゃべり”をする親方に、
彼の若い衆は完全に置いてきぼりを食らっていた。

親方さんの指示を理解出来るのは長年の付き合いの番頭さんだけで、
若い衆は番頭さんの指示で動いていた。

しかし、
その日は番頭さんが別の現場に行ってて、
現場の詰め所では、
若い衆が戦々恐々の態で仕度をしていた。
「やべぇっすよ。
俺、親方(が)何言ってっか全然わかんねぇっすもん。
鳥兄ぃ通訳して下さいよ~」
と泣き付かれはしたものの、
俺は別の仕事を請けてる別の会社の者だし、
いつもその仕事をしていればやる事も段取りも分かるはずだとも思い、
まぁ頑張れと伝えた。

作業が始まり、
俺が別の縦坑から彼等の居る工区に行くと、
もう、それは起こって居た。

熊が、怒り狂って居た。

親方は鉄筋で若い衆をド突いて居た。
ただ、
短くて太い鉄筋でド突いたら洒落に成ら無いのは分かって居るのか、
(或いは、怒りの余りその辺のを適当に掴んだら、
思いの他長かっただけか←多分コッチ)
細くて結構長いままの鉄筋で叩いて居た。

長いまま(2~3m)なので、
全然痛くは無さそうなんだけど、
HITの度に鉄筋が”びんよよ~ん”って成って結構間抜けな絵に成ってた。
若い衆:「あっ!痛い!!
すんませんしたっ!」びんよよ~ん。
親方:「ゴドギャだぁrdcj!!」びにょよ~ん。

「親方さん、よしなって!」って俺が止めると、
若い衆:「あぁ!鳥兄ぃ!!助けて!」
親方:「がっげよお!ぎうごどぎがでぇずがよ!」
(超訳、多分:「だってよぉ!言う事きかねぇんだよ!」)
書き忘れて居たが、
親方は鼻炎持ちでも有る。

従って「なにぬねの」及び「ん」の”N系”の発音にも、
滅法弱い。

鼻が曲がって居る事、
歯が無い事、
鼻炎持ちって事。
騒音の激しい現場内で、
聞こえる様に発音するのに、
これほどの三重苦って、結構キツイ。

多分ヘレンケラー女史でも、
「うんっ!頑張れ!!」って言うだろう。
或いは、
筆談を勧められるかも知れ無い。

落ち着いて話せば聞き取れ無い事も無い、
だが、
現場での彼は、常に熱いのだ。

そんな彼に「落ち着いて」と言うのは、
魚に「空を飛べ」と言う様なものだ。

そして彼は、憤懣遣る方無いって風情で言った。
「あんげあがnzでえnzだよ!」
俺と若い衆は顔を見合わせて、
m9(・∀・)ビシッ!!「これは分かった!
[なんでワカンネえんだよ]っすよね!」
って目で語り合った。


‥無理を承知で言う(書く)
「親方、
落ち着け」