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 現実味のない意識のまま、私は目覚めた。体の節々が痛みを訴え、でもそれだけが私の中でリアルだった。
 倒れ付したそこはまるで廃墟の有様。私が昨夜まで眠ってたベッド、かたわらの携帯は、どこへいってしまったのだろうか。
 そうして不思議がりながらも、手のひらに広がるザリとした砂の感触、周囲の崩れかかったレンガの壁、恐ろしいまでに透き通る晴れ上がった空に、私の目は焼かれた。
 わずかにのどが渇いて、のどもとに手をやる。のどに触れた硬い感触。ああ、とそれを見つめる。
 たしかなものは、この琥珀の指輪だけ。
 君がくれた。
 蜂蜜を固めたような甘い色の中に、一匹の虫が封じ込められている。命ごと、固化しか樹液なのだと君は言った。珍しいものなんだ、とも。
 唇で触れても甘いわけでなく、のどの渇きを潤すわけでもなく、琥珀は私の指にある。君はどこに?
 ここは?
 たずねてみたところで答える存在はない。
 なぜか地平線まで見通せる廃墟の果てには、群れ続く壁壁壁。
 仕方なく立ち上がる。ひざに痛みが走る。自分の両足のようでいてわからない。
 指を這わせた外壁には、よくわからない模様が彫られている。たとえて言えばヒエログリフのような。
 かろうじて「模様」だとわかるほどのくぼみ。
 ずっとずっとここにあって、風化し続けていたのだろう。
 昔ここにあった人々が刻んだ命の残り香のようなもの。
 そのころには、ここはただの夢の世界なのだと簡単に納得している私。
 だって君がいないこんな世界が、ほんもののはずがない。君に話したらきっと哂う。
 でものどが渇く。偽者の感覚が私をさいなむ。ただの夢のくせに、私ののどを痛めるこの乾いた空気。
 遠くから音が響いてきた。からからと。
 からからと、笑う声は、ガラガラと、いななくケモノのうなり声にも似て。
 干からびた壁が崩れて私も指輪ごとそのなかにのみこまれてゆく。


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 現実味のない意識のまま、私は目覚めた。体の節々が痛みを訴え、でもそれだけがわたしの中でリアルだった。
 倒れ付したそこはまるで昔、きみと見た映画のようなジャングルだった。すごい月明かりで、目が焼ける。うっそうと青い匂いがたちこめ、じとじとと湿気が気持ち悪い。
 夢だ夢。
 夢の中で人間は意識を失い、取り戻し、乾いた昼を過ごして湿った夜を迎えるんだ。
 きみがいないから、これは夢。ひとりだから、夢。
 ひざを濡らす地面の感触、草いきれ、そこここに青い気配。
 でもただ静寂、たとえ呼んでも、声のすべて吸い込まれそうな静けさ。
 生き物がまったくいないのは、わたしの想像力が足りないからかな。
 踏みしめた地面はスポンジのようで、一歩一歩に足を取られる。どうせ夢なのだから、迷う心配なんてしなくてもいいのに。
 わたしは誰に対するでもなくうそぶいていた。
 心の奥底に芽生える不安。
 きみがいないから。きみが起こしてくれたら、このひとりぼっちの夢ともさよならできるのに、
 ただ綺麗なだけの、さみしい夢。
 命のないこの世界。
 ひときわ月の明るく輝く場所に出た。茂る草や木々が途切れ、奇跡のようにひろがる湖。
 命のない湖は、丸い湖面に円い月を映して、そこにあった。
 水中に手をつける。のどの渇きを思い出したから。
  ひんやりと、しかし、ねっとりと、水が指先に絡み付いてすくいあげようとした、そのとき。
 わたしは、指先の琥珀が解けて、閉じ込められていた虫が、いままさに水中に泳ぎさっていくのを見た。