赤く染まった飲口をもつ杯を 口にしたい
もしその杯を飲みほし 人知れずこの世を去り
お前とともに暗い森陰に消えてゆければ と願う
そうだ 遠くへ消え果ててゆき 葉陰で鳴いているお前には到底分からぬ
この世の悲しみを忘れたい・・・この世には どうするすべもない物憂さ 熱病
そして 苛立たしさがある
そこでは 人間は顔を見合わせれば相手の呻き声を耳にし
中風を病んだ老人は 残り少ない白髪を震わせ
若者は蒼い顔をして 亡霊のように痩せ衰えて死んでゆく
そこでは ものを考えること事体が 悲しみと鉛色の眼をした
絶望に憑かれることを意味する
美しい女の輝く明眸も長くは続かず その明眸に憧れる若い恋人にも
明日という日はない
暗がりの中で私は今じっと耳をすましている
先ほどから なんど 私は安らかな 「死」 に恋焦がれ
切々たる恋慕の歌を歌い そっとその名前を呼び
この息の根を静かにとめてくれと 頼んだことか
今ほど死ぬことを---そうだ この深夜
お前がかくも恍惚として あたり一帯に自分の魂を眠らせている間に
苦しむことなくこの世の生を終えることを 無上の幸福だと
しみしみ思ったこともかつてなかったのだ
恐らくいつまでもお前は鳴き続けよう たとえ私がお前の挽歌を耳にすることなく
地下の土と化した時でも
ああ この寂しいという この一語の沈痛な響きは
私をお前からこの孤独の世界に呼び戻す弔鐘のように聞こえる
さらばだ
想像の力は 人を欺く力をもつ妖精のようだと
人は言うが 噂ほど私を欺くことは結局できない
さらばだ 夜鳴鶯よ
お前の訴えるような歌声が 今消えてゆく
近くの草地をこえ 静かな小川をこえ 山辺をこえて消えてゆく
そして 今 その向こうの谷間の沼地に 深々と吸い込まれてゆく・・・
私は幻を見ていたのか それとも白日夢を?
歌声は消えた
私は眠っているのか 覚めているのか?
<夜鳴鶯の賦> ジョン・キーツ
