世界中が、何らかの宗教を根底にして成り立ち、又は補強、補完されて民族の共同幻想

を過去持ってきた。キリスト教、イスラム教など、その規範が原因で今尚戦争を繰りかえしている。

人間と言うものは、悲しいもので意味を見出そうとする、病にかかっている。

文明が進歩して、宗教が隅に押しやられている現状でも、資本主義の影にそれが

見え隠れしている。マルクスの思想において、価値の定義は一旦確立したようにみえたが、

これは、歴史的段階を踏んで最終的な高度資本主義を経なければ、証明できない。

人間は、欲望を満たすために、根底的人間の本能を満たすために、資本主義を選択

してきたように、思える。資本主義と民主主義が一対になっている以上これは、仕方無い

ものかもしれないが、人間はエデンの園を追いやらても、まだ自分達の愚直さに気付かぬ

ふりをして、地球の枯渇資源をいずれ使い果たすのだろうか?

最大多数の最大幸福は、何時に成ったら、達成できるのか?

こう言う、論議をする事事態、ナンセンスな意味の無い地点まで、到達したのだろうか?!