じゃあなんで春頃から急激に体調が悪化してきたのかを自分なりに振り返る。

2013年末から2014年3月末までに、ある大型案件を請け負っていた。
内容もかなり濃い目のもので、うまくいけばかなりプラスになるようなものだった。

同じ時期に、大好きだった祖父が寝たきりになった。
末期ガンだった。
母をはじめとする家族たちの意向もあり、積極的治療は行わず、緩和治療に徹することとなった。
90歳を超える祖父にはそれがベターな選択だと私も思う。

業務も終盤に入った頃、祖父の容体は悪くなる一方だった。

クライアントへの報告書をまとめている時、致命的なミスが発覚した。
普段なら直ぐに気がつくようなミスなのだが、最後の最後まで気が付かなかった。
土日返上でやり直しをした。
あと一息の所で、祖父が危篤との知らせが入った。
直ぐには行けなかった。
とりあえず仕事を仕上げなければ検収が上がらない。
額が大きいだけに落とすわけにはいかない。

結局間に合わなかった。
それどころか、葬祭場のスケジュールの関係で、クライアントでのプレゼンの日と葬儀の日が重なってしまった。
上司に説明をし、業務に関する書類、プレゼン資料は全て用意はするということを伝え、プレゼンは上司が代わりにやってもらえることとなった。
しかし、通夜には間に合わず出ることができなかった。

祖父の最期に間に合わなかったこと、通夜にすら出られなかったこと。
自分の中で初めて仕事に対する疑問が湧いた。

それまでは寝る間も惜しんで、仕事をしながら子育てもキチンとする自分に酔いしれていたのかもしれない。
専門職として働きながら、保育園からお受験に成功させ、小学校に入ってからも勉強のフォローは自らの手でこなし、自分の自己研鑽も怠らない。
パーフェクトなワーキングマザーな自分に酔いしれていた。
ナルシストの極みだ。

でもふと気がつくと、愛する家族の死にすら立ち会えない、いや、立ち会うことよりも仕事を選択している。
自分の仕事なのだから、責任を持ってやり遂げなければ。
当たり前のことなのだけれど、今になって思えば度が過ぎていた。

この頃から、自分にとっての仕事の意味がわからなくなっていた。