昭和プロレス懐古技その11
藤波辰巳のドラゴンスープレックス

こんばんは。今回は炎の飛龍、藤波のジュニア時代の代名詞、ドラゴンスープレックスをフューチャーします。

もともとは藤波のカールゴッチ道場での修行時代にゴッチから伝授された技で初披露は78年、ニューヨーク、マジソンスクエア・ガーデンでのカルロス・ホセ・エストラーダに決めたフィニッシュ。
このアメリカ・ニューヨークでのセンセーショナルなスープレックス一発で藤波はシンデレラボーイとなったワケです。

形としてはフルネルソンで相手の両腕、首を完全に固めジャーマンのように後方に投げ固める、と言う危険極まりない技です。今でこそ普通にリング上で見られ使い手も多いドラゴンスープレックスですが、私が幼少期プロレスを見始めた時(維新軍や初代タイガーの頃)にはあまりに危険とされ既に藤波はこの技を封印していていたので日の目を見る事がなかなか無くて幻の技でした。

80年代に長州との抗争を経て解禁したのは85年4月両国でのストロング・マシーン(平田)戦、更にインパクト大だったのがその同年12月仙台でのタッグリーグ戦の決勝の藤波&木村組VS猪木&坂口組戦で猪木からフォールを奪った一発でした。。。藤波が実際リング上で出したドラゴンって、封印してからはその2回位じゃなかったかと。。。思います。

だから78年の初披露から85年の猪木ピンフォールまでとして、実質7年位しか使ってないんですよね。今考えると超貴重ですよね。

その他の藤波のテクニックと言えばドラゴンスクリュー、ロケットなどありますがフォールを奪う技はスモールパッケージや逆さ押さえ込みになってしまったし、ドラゴンスリーパーを開発してからは完全に出さなくなったのでやっぱり貴重な技と言えますね。

藤波が封印してからは高田や越中、大谷や棚橋と脈々と受け継がれヘビー級ではオブライトがKO狙いに出すとか今では一発ではフォールを奪えない時代になってしまったドラゴンスープレックス。まあでも卍固めと同じく新日本イズムを感じさせるトラディショナルな必殺技と言えますねー。特に大谷のドラゴンは彼のマッシブな体型、黒タイツ、シューズとかなり昭和新日本ファンが好きだったかつての藤波を彷彿とさせてくれました。

今では乱発するレスラーも増え、特にケニー・オメガが東京ドームでオカダに出した雪崩式ドラゴンはその技の危険で封印した歴史を紐解くと果たしてこれはやって良かったのかと考えさせられてしまうヒヤリとした技です。

と言うワケで藤波の封印した幻の技、ドラゴンスープレックスでした〜!
『我々は殺し合いをしてるんじゃない!分かってください!(フガフガ)』