昨日はキャンディーズの想い出ばかり書いて、肝心の事に触れず仕舞いでしたので、改めて書かせて頂きます。
先日車の走行中ラジオを聴いてたら、スーちゃんこと田中好子さん葬儀のニュースを放送していました。ランちゃん、ミキちゃんの弔辞の一部が流され、その後スーちゃん最後の肉声が流れました。
「こんにちは、田中好子です。今日は3月29日。
東日本大震災から2週間が経ちました。
被災された皆さんのことを思うと、心が破裂するように痛みます。
私も一生懸命病気と闘ってきましたが、
もしかすると負けてしまうかもしれません。
でもそのときは必ず天国で被災された方のお役に立ちたい。
それが私の務めだと思います。
映画にもっと出たかった。テレビでもっと演じたかった。
お礼の言葉をいつまでも伝えたいのですが、
息苦しくなってきました。いつの日か、義妹・夏目雅子のように、
支えてくださった皆さまに社会に少しでも恩返しができるように
復活したいと思っています。
かずさん、よろしくね。その日まで、さようなら」
多分、痛み止めのモルヒネで意識が朦朧とする中、スーちゃんは
一生懸命話されたのだと思います。
ワタシはこれを聴いて、運転中にも拘わらず号泣してしまいました。
その話し方が、2年前に同じ乳がんで若くして他界した、従兄弟の
奥さんの最後に余りにも似ていたので、その想いと重なり余計に
涙が溢れたのでした。
実はその従兄弟とは、30年近く親交がありませんでした。
その間法事などでほんの数回位しか、会ったことがなかったん
です。
叔父が亡くなった時、家に行くと見知らぬ女性が居ました。
前の奥さんは、2人目の子が小さいうちに家を出られた、
というのは知っていましたが、
再婚したとは全く聞いていませんでした。
葬儀が終わり、従兄弟と久しぶりに話すと、是非釣りに行きたいと
言ったので、落ち着いたらおいでよ、と伝えてました。
葬儀から8ヵ月位経った頃「今度の休みに釣りに行きたい」と電話があったので、こちらも色々準備して従兄弟と奥さんを迎えました。
実は奥さんと話したのは、その時が初めてだったんです。
釣果はまあまあ、従兄弟も割と満足したようなので、これでしばらくは落ち着くかな?ってその時は思いました。
すると数日後にまた、「週末に行くから!」との電話。
従兄弟の家からうちまで、途中高速を使っても最低2時間半はかかります。
朝4時前に家を出発して、6時半位から釣り始め、ほぼ12時間釣りをして
それから帰途に就く。夜の店を経営しているので、釣りに来る日は殆ど寝ないそうです。
それなのに、毎週毎週約2ヵ月も通ってきたんですよ。
3回目位で何かあるのかな?とは思いました。
そう言えばその奥さん、家の中でも全く帽子を脱がないんです。
うなじからも髪の毛が見えないのも不自然でした。
確か葬儀の時はセミロングくらいだったよな~。
従兄弟も急に頻繁に来るようになったのを、こちらが訝っている事に気付いたのか、その夜遅くにメールをくれました。
そのメールの内容は、驚愕、という言葉しか見つかりませんでした。
末期の乳がんだそうです…。
前年、既に全切除しており、抗癌剤の副作用で髪の毛は全く無く、普段はウィッグを着用されているとの事。
主治医にどれ程生きられるか定かではない、と言われ、今のうちに好きな事をさせたい!と言う思いから、無理をしてでも毎週来ている、のだそうです。
しかし、この事はワタシと妻には言わないで、と奥さんから口止めされているらしく、病気の事は知らない事にしといて、とメールが結んでありました…。
長くなりそうなので、ここで一旦閉じさせて頂いて、
続きはまた明日書かせて頂きます。
先日車の走行中ラジオを聴いてたら、スーちゃんこと田中好子さん葬儀のニュースを放送していました。ランちゃん、ミキちゃんの弔辞の一部が流され、その後スーちゃん最後の肉声が流れました。
「こんにちは、田中好子です。今日は3月29日。
東日本大震災から2週間が経ちました。
被災された皆さんのことを思うと、心が破裂するように痛みます。
私も一生懸命病気と闘ってきましたが、
もしかすると負けてしまうかもしれません。
でもそのときは必ず天国で被災された方のお役に立ちたい。
それが私の務めだと思います。
映画にもっと出たかった。テレビでもっと演じたかった。
お礼の言葉をいつまでも伝えたいのですが、
息苦しくなってきました。いつの日か、義妹・夏目雅子のように、
支えてくださった皆さまに社会に少しでも恩返しができるように
復活したいと思っています。
かずさん、よろしくね。その日まで、さようなら」
多分、痛み止めのモルヒネで意識が朦朧とする中、スーちゃんは
一生懸命話されたのだと思います。
ワタシはこれを聴いて、運転中にも拘わらず号泣してしまいました。
その話し方が、2年前に同じ乳がんで若くして他界した、従兄弟の
奥さんの最後に余りにも似ていたので、その想いと重なり余計に
涙が溢れたのでした。
実はその従兄弟とは、30年近く親交がありませんでした。
その間法事などでほんの数回位しか、会ったことがなかったん
です。
叔父が亡くなった時、家に行くと見知らぬ女性が居ました。
前の奥さんは、2人目の子が小さいうちに家を出られた、
というのは知っていましたが、
再婚したとは全く聞いていませんでした。
葬儀が終わり、従兄弟と久しぶりに話すと、是非釣りに行きたいと
言ったので、落ち着いたらおいでよ、と伝えてました。
葬儀から8ヵ月位経った頃「今度の休みに釣りに行きたい」と電話があったので、こちらも色々準備して従兄弟と奥さんを迎えました。
実は奥さんと話したのは、その時が初めてだったんです。
釣果はまあまあ、従兄弟も割と満足したようなので、これでしばらくは落ち着くかな?ってその時は思いました。
すると数日後にまた、「週末に行くから!」との電話。
従兄弟の家からうちまで、途中高速を使っても最低2時間半はかかります。
朝4時前に家を出発して、6時半位から釣り始め、ほぼ12時間釣りをして
それから帰途に就く。夜の店を経営しているので、釣りに来る日は殆ど寝ないそうです。
それなのに、毎週毎週約2ヵ月も通ってきたんですよ。
3回目位で何かあるのかな?とは思いました。
そう言えばその奥さん、家の中でも全く帽子を脱がないんです。
うなじからも髪の毛が見えないのも不自然でした。
確か葬儀の時はセミロングくらいだったよな~。
従兄弟も急に頻繁に来るようになったのを、こちらが訝っている事に気付いたのか、その夜遅くにメールをくれました。
そのメールの内容は、驚愕、という言葉しか見つかりませんでした。
末期の乳がんだそうです…。
前年、既に全切除しており、抗癌剤の副作用で髪の毛は全く無く、普段はウィッグを着用されているとの事。
主治医にどれ程生きられるか定かではない、と言われ、今のうちに好きな事をさせたい!と言う思いから、無理をしてでも毎週来ている、のだそうです。
しかし、この事はワタシと妻には言わないで、と奥さんから口止めされているらしく、病気の事は知らない事にしといて、とメールが結んでありました…。
長くなりそうなので、ここで一旦閉じさせて頂いて、
続きはまた明日書かせて頂きます。