【佐藤陽】 3連休明けの10月15日。輸血するかどうかの結論を在宅医に伝える日だった。
末期前立腺がんの川嶋登喜雄さん(享年71)。貧血が急激に進み、在宅医から輸血を提案されていた。だが確実に良くなるかどうかはわからない。前日まで妻や子ども4人が話し合ったが、結論は出なかった。登喜雄さんも、はっきりした意思は示していなかった。
「川嶋さん、自分がどうしたいかだよ」。横須賀市の自宅を訪れた千場純医師(64)が、ベッドに座る登喜雄さんに話しかけた。
「入院する。お母さんいい?」。病院を拒んでいたはずの登喜雄さんの突然の言葉に、立って聞いていた妻の徳子さん(71)は驚いた。そして「それは本人の意思だから」と答えた。
ちょうどそのころ、次女の幸恵さん(33)は、廊下で長男(41)と電話で話していた。長男が、知人の医師数人に輸血するべきか聞いてくれていた。「がんが原因の貧血には輸血しかない」「効果は一時的なので、あまり勧めない」。賛否両論だった。
登喜雄さんの部屋では、千場医師が意思を再確認していた。「(輸血の効果は)やってみないと、わからないよ」。登喜雄さんの表情には、覚悟が感じられた。「輸血してみる」
幸恵さんが部屋に戻ったのは、すべてが決まった後だった。「いいの?」と聞くと、登喜雄さんは「いい」と明言した。
かつて入院していた横須賀共済病院の小林一樹医師(47)に千場医師が電話すると、「わかりました」と快諾してくれた。登喜雄さんの主治医を3年半務めてきた小林医師には、本人のためだけでなく、家族に少し休息をとってもらいたい、との思いもあった。
大型の台風が関東に近づいていた。「善は急げだ」。登喜雄さんの一言で、その日の夕方から1~2週間の予定で入院することに。「お父さんが、これで少し楽になれば、また在宅に戻れる」。幸恵さんは救急車に同乗しながら、そう思っていた。
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