先日、『不登校小学生YouTuber ゆたぽん? ゆたぼん?』と言う存在を初めて知りました。
私なりに思う事があったので、少し綴ってみたいと思います。
まず初めにお伝えしておくと、私は学校が大嫌いです。本当に本当に嫌いでした。学生時代は、学校に行かない事や授業をボイコットすることも多かったです。もちろん、学校には毎日遅刻していました。
鬱病になって、自分の状態を客観的に判断する為にQEEGと言う脳波を調べる検査を受けて分かったことなのですが、私はADHD+ASD傾向を両方持っているそうです。
どう言う事か少し説明すると、
ADHDとは『注意欠如・多動症』です
年齢あるいは発達に不相応に、不注意、落ちつきのなさ、衝動性などの問題が、生活や学業に悪影響を及ぼしており、その状態が6ヶ月以上持続していることと定義されています。
[引用:
ASDとは『自閉症スペクトラム・アスペルガー症候群』
社会的なコミュニケーションや他の人とのやりとりが上手く出来ない、興味や活動が偏るといった特徴を持っていて、自閉症スペクトラム、アスペルガー症候群といった呼び方をされることもあります。
[引用:
私の子供の頃は本当に落ち着きがなく、全く集中できず問題児扱いを受けていました。非常に拘りが強く気になった事をひたすら考え続けてしまうので授業にもついていけませんでした。
また思春期になっても異性や性行為などに全く興味を抱かず、周囲とは異なる事に興味を持って孤立していました。
団体行動は本当に苦手で、常に出席を拒んでいました。部活・遠足・修学旅行・始業式や卒業式などには一切参加していません。
特に今でも式典などには一切価値を感じませんし、ランドセルを背負った事もありません。
それでも子供の頃よりは少し成長したのか、今は大分我慢強くなりましたが、それでも社会適応は苦手です。
前置きが長くなりましたが、今回は教育と言う物について私なりに考えてみました。
まず結論から述べると教育とは『洗脳』です。
『はっ? 何言ってんの?』っと思う方もいらっしゃると思いますので少し説明します。
私は、とある国でボランティア活動をしたことがあります。その国では、小学校〜高校に至るまで『Worship(崇拝)』と言う科目がありました。
何をやるかと言えば、最初の15分程は牧師の宣教を聞き、約30分〜1時間ほど、神に感謝を捧げる為に大音量で歌って踊り狂います。その後に寄付を集め、牧師による宣教でフィナーレです。
日本人なら間違いなく『なんじゃこりゃ?』と感じるでしょう。
ただし、その国ではあたり前の光景です。
国が定めた教育カリキュラムなのですから。
初めて見る側からすれば、この国マジでヤバイ・・・と思うのですが、やっている当人達は小さな頃からずっとやっている事なので、何も違和感を感じません。
学生達は日本でも同じ様に『Worship』の授業が行われていると思っていました。
この様に小さい頃から、その国の作法やしきたりなどを刷り込むことで国家が人々をコントロールしやすい様に洗脳することが教育だと思います。
前置きで話した様に、問題児だった為、学校をサボったり、学校行事から逃げたりしました。
そのおかげで日本国の教育(洗脳)にもあまり染まらずに済んだと思っています。
実は、みなさんがあたり前だと思っている常識は知らず知らずに日本の教育によって植え付けられたものかもしれません。
先日も衆議院選挙の投票に中学校に行った時、中学生達が体育館に入る際、まだ誰も中にいない体育館に対して『お願いします』とお辞儀して入室していました。
体育館に入る際は礼儀作法の一つとして『お願いします』と一礼するように教育(洗脳)されているのでしょう。
まだコーチや先生に対して『今日もご指導よろしくお願いします』と言うのなら理解は出来ますが、誰もいない体育館に入る際に『お願いします』と言う行為を習慣化させている事に対して、
なんだこれ・・・気持ち悪っと感じました。
さて最初の 『ゆたぽん? ゆたぼん?』 の話に戻ります。
彼も日本の教育(洗脳)を受けていない為、日本人の常識に少なからず疑問を感じているはずです。
最終的には、私の様に日本社会に順応出来ない大人になるかもしれません。
それでも日本人にない視点を持てるメリットもあります。日本では爪弾きにされるかもしれませんが、他の国で順応出来る可能性もあります。
また世界に視野を向けてみると、教育ではなく勉強する重要性が自ずと初めて見えてきます。
洗脳されずに社会を生きるのは大変だけど、
ゆたぼん?には頑張って強く社会を生きていって貰いたいです。
