人って、いつかは死ぬんだよね
それが友人であっても、恋人であっても、親族であっても。突然に、別れがきちゃう
僕が初めてそんな「別れ」を生まれて初めて実感したのが、小学5年生の夏
祖父が急に倒れた。原因は胃ガン。手術は長時間に及んだけど、他にも転移していて、時既に遅し。手術は失敗し、その2日後に亡くなった。亡くなる直前、弱弱しい声で「アイスが食べたい」と言っていた光景が、今でも脳裏に焼きついている
その後あれよあれよという間に、お通夜・葬式。祖父がこの世から「いなくなった」ことを実感するのには、かなりの時間が必要だった。初めて実感した瞬間は、霊柩車に祖父が入れられるとき。一気に体中の水分が瞳から零れ落ちるかのように、わんわんと泣いた。どのくらい泣いたかは記憶にないけど、僕がそのとき以上に泣いた記憶はない
人の死はかくも人の心を動かす。しかし、「死」という、言ってみればもうこの世に存在していないことより、「今大切なもの」を考える方が重要なのかもしれない、と今となってはそう思う。確かに人の死はとても悲しいことではあるし、弔うに当たっていい加減なことをしてはいけない。しかし、人が死ぬからと言ってそれにのみ思考を集中させる必要はないのではないのだろうか…。弔いが終わった後、思考が空っぽだとどうやって次の行動に移せばいいのであろうか…?
思考に優先順位は、付けられる様で案外難しい。一般的に次元が違う話だからである。「これはこれ、あれはあれ」一つの思考に集中しているときはそれ以外の思考はシャットダウンしなければならない。だからといって、いつも一つの思考を優先的に上位に位置づける必要もない。仕事に休憩や癒しが必要なように、頭にもそういった存在がなければ、「人として」ダメな人になってしまう、と僕は思う
親族の生命の危機と、大切な人への思いの優先順位に悩み、悲しんでいるという趣旨の日記を読み、久々に「死」ということについて考えてみたので書いてみました…(偉そうに書き大変申し訳ないですm(_ _)m)