1st Stage 無知


 いつものように起床した俺は、いつものように着替え、いつものように家を出た。これからいつものように朝食をコンビニに買いに行き、いつものように歩きながらそれを食べ、いつものように仕事場に向かう。何も変わらない朝の風景。秋口になり朝晩は冷えてきたが、逆に寝苦しくなくていい。夏場はクーラーのない中で毎日が熱帯夜との格闘だったから。都会というのはヒートなんとか現象とかいうのがあって余計に熱いらしい。最近噂されている地球温暖化の問題もあるし、一体どうなっちゃうんだろうなー…。


 と、俺らしくないことを考えていた矢先、目の前になにやら物体が見える。
「…?なんだあれは…」
 遠くてよく分からないが、見た感じ、マネキンのようだった。路上にぺたりと置いてある。でもこんなところにマネキン?不審に思い近づく。近づくにつれて、不審が不安へと変わっていくのが分かる。
「これは、…まさか…!」
 マネキンだと思ったのは、動いていなかったからだ。それは、動いていない…人だった。人が、ぐったりと倒れていたんだ。
 人だと気付き、俺は慌ててその人に駆け寄る。
「おいっ!大丈夫か!?おいっ!!」
 返事は…ない。慌てて心臓と思われる場所に手を当ててみると、…動いている!
「まだ助かる!」
 そう思った矢先に、救急車を呼ぼうとズボンの右側ポケットを漁る。しかし…ない!いつもそこに入れているの携帯電話が、今日に限ってなかった。
「…あっ!」
 俺は今朝のことを思い出した。出かける際に、携帯電話を布団の上から取るのを忘れていたことを。
「くそっ、こんな時に!!」
「一体どうしたんだリュウ、っておい、その子!!」
 聞き慣れた声が後ろからしてビックリして振り返ると、そこにはユートの姿があった。
「ユート!お前どうしてここに!?」
「朝っぱらからお前の大きな叫び声が聞こえたんでどうしたんだろうって思って来たんだよ。それより、この子は!?」
「俺がここに来たときから倒れてたんだ。ユート、悪いが携帯で救急車を呼んでくれ。俺今携帯持ってないんだ」
「分かった!」


 ユートが救急車を呼んだ後、俺たちはどうしていいか分からず、とりあえず彼の体の中から身分が証明できそうなものを探した。が、彼のポケットからはそのようなものが出てこなかった。それだけじゃない、彼は何も、所持していなかったのだ。携帯も、財布すらも。
「この子、…俺たちと同じぐらいの歳だよな?」
 ユートがまじまじと彼の体を見ながら言う。確かに、背丈も俺たちとほぼ同じぐらいに見える。
「うん、多分そうだと思う。でも変だぜ?身分を証明するものもなければ財布もないし」
「もしかして、誰かに襲われて?」
「でもそれにしては、傷もなさそうだし…睡眠薬って手もあるから一概に否定は出来ないけど」
「いちいち睡眠薬を使うぐらいなら、こんな俺らと同年齢襲っても、大して金持ってないと思うんだけどなー…」
「とにかく謎だらけ、病院に行って、容態がよくなったら彼に直接聞いてみよう」
 救急車が来たのは、ちょうど話に一段落ついたときだった。


 救急車に彼を乗せ、病院に直行する間、俺たちは救急隊員に質問されるも、ことごとく「分かりません」の連続で向こうも救命活動をしながら困り果てた様子だった。
「…てことは、全く素性が分からないってことかい?」
「はい、そういうことです」
「こりゃぁ、本人から直接話を聞くしかなさそうだね。そうすると、ますます死なせちゃいけなくなるな」
「この子は、どんな状態なんですか?」
「うん、今のところ呼吸も確認できているから命に問題はないとおもうんだけど、意識レベルが極めて低いから、注意しないといけないなぁ」
「そうですか…」
「君たちが彼のことを見つけてくれていなかったら、もしかしたら命に危険があったかもしれないね。君たちは、この子の命をすくったんだ」
 命を救った。―昨日、あれほど「生き方」について悩んでいたのに、その暗い気分が一気に晴れたような気がした。俺たちはこの子の命を救ったんだ。それだけで、今日俺たちが生きている意味があったことを認識した。けど、それは彼が本当に容態が安定してからいえること。今は彼が意識を戻すよう願うことに、意識を集中させた。
 病院に搬送されて、精密検査が始まった。幾分何が原因かが分からない。「時間が掛かる」と言われたので、俺たちは連絡先だけ伝えて仕事に行くことにした。もう時間は朝の九時。太陽はさんさんとこの都会を照らしている。今から仕事に行っても遅刻確定だが、俺には「彼を病院まで連れて行く」任務を果たし、既に達成感で一杯だった。病院入り口でユートと別れた俺は、駆け足で仕事場へ向かった。


(#04に続く)