テレビニュースでは
燃えている旅館が写し出されていた
見覚えのある佇まい
アナウンサーの声に耳を傾ける
ああやはり
あの時に訪れた宿だった
あのひとが
私を案内してくれた故郷の
あの旅館
私が好んで身につけるストッキングは
少し特殊で
板張りの廊下では滑ってしまいそうだった
「奥様のお荷物もお持ちいたしますね」
そんな呼称もくすぐったかった
神田川の世界さながら
私のほうが早く温泉から出てしまい
ソファーでぼんやり時間を過ごした
たった一泊なのに
様々な想い出が
煤だらけのガラス瓶の中から甦る
燃えてゆく
もう本当に
もうこれで
もう想い出の場所も
もう無くなる
もう
新しい人生を歩むときなんだよ
自覚しなさい
誰かが私に
そう訴えているのかもしれない
もう
涙は出ない
長かったけれど
もう
涙は出ない
何故かこうやって
ひとつずつ
消えてゆく
すっかり想いを断ったと
そう思っていたけれど
これだけの
時間が必要だったのかもしれない