「振り返ってみれば、あっという間でした。。」

という感動的な始まりから始まった、ペットゴーCOOのお言葉。

「振り返ってみれば、
 いくつもの難題は、道ばたに転がった小石のようなものでした。」

「その小石全てに、全てけつまずいて進んできました。」

(笑)

その最後の言葉に大笑いしていたのは、大勢の中の若干数名。

それはもちろん、戦友という名のボロボロになって討ち果てた戦線離脱者たち。

いや~ほんと。私もその一人なだけに、大笑い^^;

本当の苦労は、あの混迷のあの時代にこそあり。

ペットゴーが大きくなり、安定的なラインにのった姿を見れるとは、

あの時には、露程も思っていませんでした。

期待を全くしてなかったという意味ではなく、

そんな余裕が全くなかったのです。。

「小石」と表現された、大問題達(笑)。

経験不足故の若気の至りと大笑い出来るようなくらい、時間はたったのだな、と。

感慨深い思いでした。

ありがとうございました。


私たちの成長と成功の物語は、まだまだ続きます。

まだまだ。

これから。

戦うことは、嫌いです。
でも、
やりたくてやっている事は、
戦ってる、という感覚があります。
プロとして、目の前の人の役に立ちたいと思うから、
やっぱり上を目指す。
上を目指すということは、
戦うことだけど、
人の役に立てる自分になれるから、
やっぱり、今日も戦おう、って思います。

もっと知恵を出せ。
と、自分にいつも命令します。

もっと頭が良かったら、
きっと戦う必要もないんだろうなぁ、と、デキル人を見ながら羨ましく思う事もありますが、
そんなことを考えることすら意味がないことに気づいては、あきれます。

知恵を出せ。

必ずできるのだから。



最近思う事。

できる時に少しでもやっておかないと、
本当に二度とチャンスは巡ってこないのだなと。

自分が作ったチャンスは、もう一度作れる可能性はあるけれども、
人から与えられたチャンスは、逃すと二度とは巡ってはこない。

私が相手にチャンスを与える時、
私は相手を見ている。

同じように、
人も私を見ている。

人から与えられたチャンスは、二度とは巡ってはこない。


私の場合、元手が少ないので、ついすぐに投資しているものの投資価値を考えがちです。

無駄は極力省きたい。

だから、今、自分がやっている事が、一体何になるのか?という事を常に考えています。

でも、人生はとってもファジーで、どんなに考えてても突然の変化はやってくる。

可能性のシミュレーションは、絶対にしきれない。

だから、自分の目論見から外れるとイライラし、当たると嬉しくなる。

でも、人生を振り返ってみると、結構無駄は無かったな、と思います。


点は、点。

未来からしか、線の繫がりは見えない。

ただ、確信として、点は、必ず繋がっていくんだな、ということです。

無駄を極力省きたい。

今の自分の努力は、必ず未来に繋がる。

それだけが真実なんではないかと思います。

宣伝と集客!!!

仕組みは作った、後は、客をかきいれるだけ!!!

私がやれることをやりつくしているか?

大きく稼ぐ面白さを私はまだ知らない。

やるしかない。

「行動」しか成果を生まない。

社会は複雑で、言いたい事が言えない時がありました。
私の見方は片方からの意見にしか過ぎず、他方から見たら、違う意見が正しい場合がある。
その気づきの中で行き着いたのが、
結局、人は人の意見を自分の意見とはしないのだから好きな事を自分は言っても大丈夫、
ということでした。

私は私の意見を言えばいいし、人はその人の立場で自分の意見を言えばいい。
複雑な関係性の中で、必要であれば、その人が絶対に正しい意見を取り入れる。
それだけは、真実なんだと、分かりました。

端から見ていて、それは失敗の選択だろうと思う事もあるでしょう。
けれども、長い人生の中で見れば、失敗もまた正しい選択なのです。

よく、偶然はない。と言います。
正しくは、全て偶然で、その偶然に意味を無意識でもなんでも意味を持たせているのが、人間の知性でもあると思うのです。

人の知性は、「神」という概念を生み出した時点で、完成されていたのではないでしょうか?
動物は、この世の目の前にあるものだけを信じる。
人は、目の前にないものも信じることができる。
この差は大きいように思います。
(動物とは、一般概念の動物ではなく、原生動物、つまり、原始的な欲を持った人間のことを指します。)


みんな正しくて、みんな良い(^^)性善説ってこんな所から来てるのかもしれません。