今回のプロジェクトは、約40カ国に広がり、のべ3万人が送り手となり、およそ3万人の子どもたちが受け手になりました。

父に泣きついたことから、始まったプロジェクトです。

どんなにいいと思ってやったことも、
ただ情熱だけではやり遂げられないことも知ってもらった方が、
きっと、なぜこんなに大きな広がりになったか、理解してもらえると思います。

よく父が「放火魔」の話をするのですが、
今回のプロジェクトは、まさに野火が広がるように全世界に広がっていったのですが、
「最初に放火する人が一番怖いんだよな~~」と。
野火が広がってしまえば、「赤信号みんなで渡れば怖くない」のノリになっていくので、一緒に放火する人はあんまり怖くない。

最初から関わっている人は、その放火する怖れを共有してる仲間だと思ってます。

ただ、本当の本当に放火を始めてくれた最初の人は、父です。

本当のことを言うと、私は怖くて、父に押し付けたのです。

そして、やらせ始めたのが私なのに、父ががんばって放火し続ける姿を後ろから見つつ、応援しつつも、火なんか広がらないよと諦めていた。

でも、父ががんばり続けるから、私も、怖々、小さい火を放火し、少しづつ燃え移らないなぁ~と思いながらも、少し少しやり続けました。

胃が痛くなってきた頃、少しづつ小さな火の粉が見え出し、日本、海外、と広がり出した。

私は驚くとともに、少し怖かった。持っている松明の火の手が震えました。

どんなに一見、良いことも、人によってははた迷惑ということもある。

一体、誰を救おうとしているのか、迷った時もありました。
特に、海外の方々の熱狂的な支持を受けた時に、
一瞬、戸惑いましたが、受け止めるしかないと、覚悟を決めました。

受け止め続け、
私がやるべきは、虹の架け橋なのだと気づきました。
私が前に出て何かをやるのではない。
人が必要としている所に力を貸すだけだと。
そう思えるようになった頃には、気が楽になってきて、活動が出来るようになって行きました。

人には役割があって、流れに身を任せるというのが、活動が大きくなっていく一番大事なポイントなのかもしれない。

父のおかげで、世界的な活動に広がったこと。ただただ感謝です。

ダメだホント私。

もっともっとがんばろう。父を助けよう。
逃げてばかりではなく、人の前に立つ勇気を持たねば、父を助けることはできないもの。

自立の更に向こう側へ、行く必要がある。

支える力を更に大きく太くしていこう。


私には、その力があるから。