告子上篇 第十八章  解説


 仁の不仁に勝つや、猶水の火に勝つがごとし。

 今の仁を爲す者は、猶一杯の水を以て一車薪の火を救はんとするがごときなり。

 熄(や)まざれば、則ち之を水は火に勝たずと謂ふ。

 此れ又不仁に与するの甚だしき者なり。

 又終(つい)に亡せんのみ。


*一車薪:荷車一杯の薪(まき)のこと


 有志ある者、この章、深く深く考察し、自ら爲す可き事を成さねばならぬ。

 特に、現代(げんだい)は


「天下の勢、無事にして多難を伏し、至安(しあん)ににして至危(しき)を伏す」


の一節の狀況と全く重なると言える。

であるからこそ


「性の善終(つい)に私欲の悪に勝つ」


の一節を信じて、日本の未來のために其身を投ずる覺悟を高めなければならない。

 そして、その事を爲すにあたっては、一人でもいい、いや、一人から人間としての眞の道を伝えることこそが爲すべき事なのである。

 それを心を込めて爲すことなのだ。

 但し、此處において最も大切なことは何か。

 自らが行動しなければならないと云うことなのだ。

 支那の隗は國家の再建を爲すに當つて自ら率先して其の身を正し、行動することで周圍を變えていつたといふ。
 松陰先生の言う「神州を以て自らと任じ」という思ひを私達は持たねばならない。

 しかし、今や「神州」といふ言葉は殆ど死語といふ状況になつてしまつた。

 「神州」とは神の國と言ふことである。

 そして、それは日本といふことでもある。

 だが、今やこの神國といふことを考えてゐる日本人は僅かしかいなくなつてしまつた。

 日本が神國であるといふことを自らの心に明確に把持することこそ、自分の人生をも輝かしきモノとする大切な心構えと言える。

 今の日本を考えた時、『神州日本』などと言えば右翼思想とか全体主義者などと非難されてしまう。

 しかし、現代の日本の混迷は自らの國に對する誇りを亡くしてしまつたといふことに起因してゐると言つても過言ではない。


「総ての國家は、プラトンが明瞭に説示せる如く、不動の巌の上に建てられたる家にたぐふべきものに非ず。

 國民の魂を礎とし且つ國民の魂を以て組み立てられたる家である」


といふ大川周明師の言葉にこそ國家という本質があるといえるのである。

 では國民の魂とは何であろうか。

 それは日本の民族精神ということになる。

 即ち『日本の民族精神』言葉を變えれば『大和魂』といふことである。



(次回に續く)