新年明けましておめでとう御座います!

皆様の新たしき年が輝かんことを祈念しております。



一月元旦

(拙歌)

 新たしき年に思ひを馳せ

うらぐはし直(す)ぐき淸(きよ)けき道求め
   いにしゑ學び飽かず歩まん

奥(おき)つものいにしゑ人は高みかも
   日知りの御代ゆ戀ほしみ行かむ

まぐはしき大和が國に生まれ來て
   名に負ふことなく日々を送らじ

言の葉のまぐはし國そ神ながら
   年の初めに言を盡さじ


 昨年に於て私の行ふべき方嚮がやうやく定まった感がある。


 これも日々の學問の御陰と強く感じてゐる。今年は只管ら此の定まった道を歩み續けて行くことを松陰神社へ行き松蔭先生にお誓ひして來た。

 偖て、具體的には何をやらんとするのか。


 少しでも己れに自信を深めて行くことであらう。


 己れへの自信。


 御稜威耀く此の國の民草として言ふ可きを言ひ、爲す可きを爲すには此の己れへの自信を深めなければ適はぬことと知れ。


 寺子屋にしても學問會にしても叉百人一首源平かるたや和歌の普及。それが美しい日本語溢れる津々浦々になることにしても、總べては己れの智識を更に深めて行かねば擴がりが現實化する譯もない。此の大きな原動力となるものこそ自信であらう。

 自信とは己れを信ずること。己れを信じ切った時、我が環境は自由自在となる。本年は是れを目標として生きてみんと思ふ。


 松陰神社初詣での拙歌

初春に志(こころ)宣べむと思ふどち
    來しけふの日は清けくもあるか

雲もなき碧き空さへ祝ひける
    この初春の宜(よろ)しかるべし

おほほしき國柄見まく欲しきやと
    我がなすべきことを誓ひしけふかな

大夫(ますらを)の魂(こころ)學びのひととせに
    するを誓ひし神のみ前で

松魂を祀りし社(やしろ)に列(なら)びても
    黙然(もだ)もあらざり戸惑ひやせむ
 *黙然もあらざり ; 何事も起こらない

風や疾(いた)む世の有様を變ふること
    吾(あ)にできしかと問へど應へぬ





一月二日

 けふは、例年通り一般参賀と靖國参拝へ行って來た。今年は、いつもの年と違ふ心が湧いてゐた。
 それは、今迄は、一年に一度だけ天皇様にお会ひ出來る慶びのみで一般参賀に伺ってゐたのであるが、今年は天皇陛下の大御心に少しでも應へられる一年とする誓ひを遠くから奏上させていただくことが頭に浮かんできたからである。
 嬉しいことに、今年は志を一にする二人の青年と伴にお伺ひする事ができた。
 朝八時に躬を清める爲め風呂に入り、九時頃家を出た。今年の参賀は昨年の暮れに陛下が御體調を崩されたこともあり、きっと昨年以上の参賀者が訪れるに違ひない。
 毎年の如く陛下の第二回目の御目見得に間に合ふやうに東京駅丸の内口より大宮居に嚮つた。やはり、想像通り多くの人人が列をなして來てゐたが、昨年は東京ドームでの正月行事をやってゐた關係でけふよりは一時間ほど遅く到着した爲め、三回目の御目見得に伺ったので皇居前廣場で少し待たされてしまったが、今年は幸いなことに二回目の御目見得の列、それもだいぶ前の方に連なることができた。その御陰か初めて長和殿の正面に陣取り、陛下に正體する處でお待ち申上げさせていただいた。
 午前十一時。長和殿のお出ましされる引き戸が開いたのが見えた。やはり、今年も無意識に「天皇陛下萬歳」を大聲で叫んでゐた。陛下にお会いできる歡びが私の體中を包み込み、その歡びが心を突き動かして聲を限りに萬歳を叫ぶ。

 何と幸福なことか。

 このやうに陛下のすぐお近くで萬歳を行へる僥倖にたゞたゞ感謝である。
 そして、陛下の新年のお言葉が始まったが、私はいつも通り首を垂れその玉聲をお聞きした。思ったより御元氣そうな御聲に安堵と同時に胸が熱くなってきた。
 常に國民とこの國のみならず世界中の平安を祷っておられることに思ひを馳せ、我もこの一年の日々を大切に生きて行くことをお誓ひして参賀を終へた。
 その後、皇居内を抜けて靖國神社へ嚮ひ英霊の皆様へのご挨拶とこの日本の國が少しでも明けぬることに微力を盡すことを誓って歸路に就いた。


拙歌

久方の碧き御空の大宮居
    嚮ひし歩みしみみに歡び
 *しみみに ; いっぱいに

ちはやぶる神の御聲や胸にせまり
    賤や命の惜しけくもなし

神名備の皇居(みあらか)訪ぬる初春の
    嬉しき時ぞ忘れむを誓ふ

皇居(みあらか)の玉石踏みし音さへも
    心の高まりたかぶらせるかも

玉かぎる大御心に觸れにけり
    恐(かしこ)み日々を送るを誓ふ
 *かぎる ; 耀く

神さびて國民思ふ有り難き
    御聲に觸れて心畏(かしこ)し
 *神さびて ; 神々しく

大君の賤が民草と生れ來て
    時じく湧きぬ歡びぞ思ふ



一月四日

 けふは、『新春愛國百人一首かるた大會』を行って來た。
 相も變らぬ広報活動の拙さから残念乍ら参加者は少なかったが、内容的には充分満足できるものになった。と言ふよりも充分すぎるものであったと云へる。
 それは、明星大学の勝岡先生に來ていただき、『愛國百人一首』のお話しをしていただけたからである。正直な話この内容で参加者が餘りにも少な過ぎた。
 やはり、今年は広報活動を少し學んで行かなければ來て下さった方々に申し譯ない。
 参加して下さった方々は一様に満足されて下さったし、かるたの方も今年は勝岡先生の御厚意で貴重なコレクションのかるたを使わせていただき行ふことができたこともかるた大會が盛り上がった要因であった。
 私もついつい熱くなって愛國百人一首かるたの合間の話の説明が長引き時間一杯までかけて樂しませていただいた。それにしてもこの『愛國百人一首かるた』を少しでも多くの子供達に觸れて貰ひたいといふ強い気持ちが湧き上がってゐる。
 今回は、千葉の市原からも滝口さんといふ私の友人が御母堂と一緒に駆けつけてくれ、會を盛り上げて下さった。勝岡先生も人数が少ないのも厭はず心を籠めて皆さんに『愛國百人一首』の素晴らしさを傳へて下さった。
 尚かつ終了後の懇親会にもご出席下さり、まごゝろを頂けた事は感謝に堪へない。この『愛國百人一首』を世に問ふことを二人で協力して行ふことも確認でき、私にとっては二重三重の歡びをいただけた氣がする。
 叉、今回のかるた大會の運営を一手に引き受けて下さった石川さんには感謝してもしきりれぬほどである。本当に有難う御座いました。


拙歌

闇の夜のかなしき世にも心ある
    人や集ひてかるた遊ぶや

世を變ふる基となれと歌を詠む
    新(あたら)し年へと船出せすかも