病気を持つこと | 【強迫症、完璧主義】新明一星

病気を持つこと

恩師ともいうべき一人の精神科医の伝手で、身体疾患を持つ患者さんと多く関わることになった。

 

源疾患の症状は、自律神経系の症状によって増悪する。

だから、ストレス、不安など、感情の制御が支援になり得ると思ってきた。

 

7年以上この領域に携わってきてわかったことは、現実的に考えるとか行動するとかということ以上に、病気がその人の自己概念に大きく影響することだ。

 

情緒的交流の少ない中で育ってきた人は、人に共感を求めるよりは日常生活上のストレスなどを自己処理することが多い。

考えても仕方がないと考えたり、強迫的に何かに没頭することで、気づかないうちに自分への負荷を強めている人がいる。

 

ポジティブ志向の人の中には、自分の中にある悲観的、暴力的な部分、怠惰さ、憎しみ、妬みなどの側面に触れることが耐え難い人もいる。

人に迷惑をかけたくない、という言葉は非常によく聞くのだが、本来の自分を見ると人は離れて行くと葛藤する人も実に多い。

 

身体的な症状を持つと自分に注目しやすくなる。

物事の判断基準は、自分の感覚が主体となり、思考を挟まず衝動的になりやすくなる。

 

逆に、他人の感情に敏感な人もいる。

そうしないと生き延びられない環境で育ってきた人もいるし、敏感さがあるから家族、組織が円滑に機能し、評価を得てきた人もいる。

病気を持つストレスは、敏感さを過敏性に変容させることがある。

 

病気を持つことは、誰にとっても辛いことで、人生の根底を揺るがすものだ。

あまり軽率なことは言いたくないが、この病気を元に自分の人生を見つめ直し、生き方を変えていく人もいる。

 

病気は困難であり、苦悩をもたらすことは事実だが、苦悩が人を変えるきっかけになることを私は多く見てきた。

苦悩を軽減することがケアとなり、ケアが症状を軽減することがあれば、なお素晴らしいことだ。

 

押し付けにならないようにと自制しつつも、そういった支援がこれからもできたら良いと思うこの頃である。