2027年に東京都現代美術館でハンス・ハーケ展が開かれることが発表された。
2001年にロンドンのサーペンタインギャラリーでハーケの個展を見たことがきっかけで、一時期結構好きだったので、懐かしい。
ハンス・ハーケ(Hans Haacke)(1936-)はドイツのケルン生まれ、ニューヨーク在住のアーティスト。1960年代に、風や水を使うなど自然のシステムを美術館内に取り込む作品を発表する。
1980年代-90年代に、あからさまに政治批判・大企業批判を行うという独自の作風を展開する。また、美術館のシステムや、美術館がどういう資金で運営されているかを作品で告発する。
現在だと、こういう社会批判的なアートは映像とか資料をメインにした形になりそうだが、ハーケの場合は、絵画や立体など造形としても面白いものが結構ある。
ハーケの作品はコンセプチュアルアートであり、造形的に見事とか美しいというものではない。本物を見て感動するというものではないように思う。また、80年代・90年代の政治批判であり、今となってはネタが古い。(ハーケの作品に取り上げられる政治家は、レーガン大統領、サッチャー首相、ブッシュ(父)大統領など)。
でもやっぱりハーケの作品は面白いと思うし、回顧展は楽しみだ。
●GERMANIA(1993)
1993年、ヴェネツィアビエンナーレの展示。
ヴェネツィアビエンナーレのドイツ館はナチスの時代に、荘厳でモニュメンタルな第三帝国洋式の建築に改築された。ファサードには"GERMANIA"の文字。(ヒトラーはベルリンをGERMANIAを改名しようとした)。
ハーケの"GERMANIA"。ドイツパビリオンの扉の上には巨大なドイツマルク硬貨。入口にはヒトラーが1934年にここをを訪れたときの写真が貼られている。室内に入ると、ナチス時代に作られた大理石の床は剥がされ砕かれて、廃墟のようになっている。部屋の壁には一言大きく、"GERMANIA"の文字。
1934年の改築当初には入口にはナチスのモチーフであるカギ十字と鷹の飾りが付けられていた。これが、大きなコインで置き換えられた。コインには1990と刻まれ、これは東西ドイツの統一した年である。経済による統合が成し遂げられたドイツを表す。しかし外側の立派な見かけに対してその内実は、廃墟の風景が広がる。
この光景はドイツのロマン派の画家カスパー・ダーヴィット・フリードリヒの絵画「氷の海」のも関連しているという。氷山で難破した船が、割れた氷の重なりに飲み込まれていくという絵画。フリードリヒは崇高な自然とそれに圧倒される人間をよく描く。
ハーケは場所の歴史を掘り返す。そしてその場所に、現在から見て正しくないメッセージが込められていることを浮き彫りにする。
●Helmsboro Conutry(1990)

作品の形態としては、長さ1mを超える大きなタバコがボックスからあふれているという立体作品。
タバコ"Marlboro"などを製造する大企業Philip Morrisと、アメリカの上院議員Jesse Helmsの関係を批判している。Helmsは(当時)共和党の中でも右派の上院議員であった。フィリップモリスはロビー活動をし、議員からタバコ規制に関して擁護してもらう。
HelmsはAIDS患者や同性愛者を敵視し、南米の独裁者やアパルトヘイトの南アフリカ政府を支持するような人だった(らしい)。そしてHelmsはアートに支援する政府組織を閉鎖しようとしていた。そんな議員をフィリップモリスは支援している。しかもフィリップモリスは美術館に多額の寄付を行っている。
Philip Morrisはイメージ戦略として権利章典(合衆国憲法の人権規定)200周年事業に協賛し、権利章典のレプリカを各家庭に配布するキャンペーンを行った。ハーケの作品ではタバコを包む紙に「フィリップモリスはHelms議員に資金提供している」の言葉と、フィリップモリスが送った権利章典が印刷されている。

フィリップモリスを攻撃する作品としてはもう一つ、"Cowboy with Cigarette"(1990)がある。ピカソのキュビスム時代のコラージュ作品"Man with a Hat"(1912)のレプリカ。コラージュされた新聞記事が、喫煙の危険性や、アートのスポンサーについての記事に置き換えられている。そして男の口にコラージュが追加されてタバコを吸う男の絵になっている。フィリップモリスは前年にピカソ&ブラック展に協賛していた。
ハンス・ハーケの作は、このように有力政治家や大企業を告発する、政治的な作品が多い。
特に大企業の汚い金が美術館の資金や展覧会の協賛として使われていることを嫌っていて、そういう企業に厳しい。
●"Oil Painting: Homage to Marcel Broodthaers"(1982)
アメリカのレーガン大統領(当時)の油彩の肖像画と、白黒の大きな写真とが向かい合う。油彩に近づけないように赤いロープが張られ、油彩と白黒写真の間にはレッドカーペットが敷かれる。
この肖像画が油彩であることに意味がある。
ソ連の脅威が高まる中、レーガンはNATOとの合意に基づき、中距離核ミサイルをドイツに配備することを決定した。1982年、ドイツで開かれたNATOサミットに参加してレーガンがこのことを発表すると、ドイツ、アメリカなどでこれに反対する大規模な反核デモが起こった。作品の白黒写真はこのデモを映したもの。
作品タイトルには「マルセル・ブロータースへのオマージュ」とある。ブロータース(美術家)曰く、鷹は強いと思われているが実際は臆病な鳥だ、それは神話的な力を投影されているだけに過ぎない、そしてアートもこれと同じだ(権威付けされているだけだ)。
ハンス・ハーケはこれにインスピレーションを受けた。アートも、そして政治も、権威付けされているだけで中身がない。
だから、レーガンの肖像画には赤いカーペットが、立派な額が、そして油彩画であることが必要だった。そして美術館という場所に展示されることで権威化される。レーガンは力を持っているように見えるがそれは何重にも権威化されてそう見せているだけだ。
●Mixed Messages(2001)
2001年にロンドン、Sserpentine Galleryでハンス・ハーケの個展を見た。古美術や工芸のコレクションを持つヴィクトリア&アルバート美術館(V&A)との共催で、V&Aのコレクションをハンス・ハーケがギャラリーにディスプレイする、という企画だったが、これが面白かった。
中心の部屋には、十字架にかけられたキリストの木製の彫刻(13世紀)、ユダヤ教のトーラー・マント(17世紀)(教典を入れる豪華な入れ物)、ミャンマーの仏像(18世紀)、トルコの絨毯(19世紀)(イスラム教の礼拝で使う)が四方に並び、それに囲まれる形でミケランジェロの「瀕死の奴隷」(16世紀)(模刻)が立つ。東西の大宗教の遺物に囲まれて裸の若者が恍惚の表情で身をよじらせる、というインスタレーションになっている。
このように、ハーケがV&Aのコレクションをありえない組み合わせで展示するというものだった。
ほかに、頭と手足を入れ替えて黒人にも白人にもできる子供の人形(20世紀初頭)や、子供おもちゃの黒人の人形を並べるなど。子供のおもちゃからにじみ出る人種差別の意識に注意を向けるなど。
https://www.serpentinegalleries.org/whats-on/hans-haacke-mixed-messages/
つづき;
