ワンゲチ・ムトゥ(Wangechi Mutu)の芸術
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●自然素材の彫刻
2015年に故郷のナイロビ(ケニア)に戻ったMutuは、ナイロビのスタジオ周辺から調達した木材、土、石などの天然素材から彫刻を制作するようになった。
「Sentinel I」(2018)(歩哨)
枯れ枝で形成され、土でできた人体で肉付けされた彫刻。堂々と直立する女性の身体でありながら、顔は大きく木の枝が突き出ている。具象的な彫刻と、自然の素材そのままの形が混在している。
作品の素材に「ひょうたん」とある。彫刻の肩から突き出た、文様のついた壺のようなもの、これがひょうたんだろう。水入れやミルク入れとして使われるらしい、ケニアのひょうたん。
「Sacrum heart」(2019)
天然素材を取り入れた彫刻。プリミティブな彫像を思わせる、人の形。大きな足と頭からなる。頭の後ろからアフリカの彫像が突き出ている。胸に貝が埋め込まれる。素材に"Turkana milk gourd"とある。ケニアのトゥルカナ族がミルクを貯蔵するのに使うひょうたん。彫刻の胸から黒い人工毛がはえていて、毛から見え隠れする身体の中心部に、ひょうたんが下がっている。
ケニアの自然の素材と人工物を組み合わせて、プリミティブで力強い彫像を作る。
「Poems by my Great Grandmother I」(2017)(曾祖母の詩)
ケニアの赤土を固めて作った、動物の頭蓋骨のような形。牛の角が突き出ている。これが天井から下がり回転する。頭から木の枝が伸び、その先についた鉛筆により、金属のたらいのようなものに円を描き続ける。
「Seeing Cowries」(2020年)
古くから通貨として使われていたタカラガイの貝殻を埋め込んだ、黒いピラミッド型の作品。呪術的なものに見える。木の枝や髪の毛も埋め込まれ、貝が目のようにも見えて座る人のようにも見える。よく見ると、下のほうにはだしの足が見える。
個展「I am speaking, Are you listening?」では、聖母子像や聖人の古典絵画と対比するように展示された。
●コラージュ
2010年代になるとMutuのコラージュはより複雑になった。
「The Storm」(2012年)
空を飛ぶ無数の鳥たちに囲まれて大地に横たわる女性が、リノリウムにコラージュで描かれる。美しい赤い画面。鳥は羽根を画面に貼り付けることで表現される。髪のようなものを貼り付けることで大地と黒い雲が表される。
「Subterranea Holy Cow」(2022)(地下の聖なる牛)
牛と人間と花のハイブリッドのようなものが描かれる。骨や筋肉は根のように地中に広がる。胸は牛の頭で表され、天使の羽根のようでもある。
「My mothership」(2014)
2014年のgalleryでの個展"Nguva na Nyoka"(Victoria Miro, London)のカタログが下記で見られる。いずれも、ハイブリッドな生き物が描かれた複雑で美しいコラージュ作品だ。
●映像
Wangechiは彫刻、コラージュだけでなく、映像作品も作る。
「The End of Carrying All」(2015)
アフリカの女性が頭に荷物を載せて歩くという風景が描かれる。
女性(ムトゥ)が頭の上に重いバスケットを載せて丘を登っている。イナゴや鳥の群れの中、重い荷物にフラフラしながら歩く。歩いていくうちに荷物は増えていく。車輪、建物、衛星放送用アンテナが見える。頂上で彼女は荷物もろとも、キラキラ光る半透明の塊(なめくじのような)に変身し、崖を滑り落ちていく。
大量消費の時代とその不平等な結果に関する懸念を表しているという。
●彫刻(ブロンズ)
ブロンズ彫刻も、見たことないタイプのものが多い。
「She's got the whole world in her」(2015)(彼女は世界の全ての手に入れた)
黒い女性像が肘をついてうつぶせになっている。うつろな目で、吊り下がった地球のような球体を見つめている。女性のスカートは骨組みだけになっていて、その周りにアフリカの置物など小物類が散らばっている。彼女は裸のようだが爪だけはがっつりマニキュアが付いている。
頭には牛のつのがたくさん生えていて、足には鳥の羽根の束が付いている。
この作品はヴェネツィアビエンナーレ(2015)で映像「The end of carrying all」とともに展示された。タイトルに関連があるこちらの作品にも「全てを手に入れ」ようとする消費主義社会に否定的な意味がありそうだ。
「Musa」(2021)
大きなバスケットには水が張られ、中に河童みたいなハイブリッド生物が横たわっている。バスケットから先が二つに割れた尾がはみ出して床に伸びる。頭がぼこぼこしてくちばしみたいなのがある。ケニアにも河童みたいなのがいるのだろうか。
ブロンズ製のバスケットに何かが詰まっている、というタイプの作品がいくつかある。「ニョカ」ではとぐろを巻いた蛇が大きなバスケットいっぱいに詰まっている。「ニウェレ」には、編んだ長い長い髪の毛の山が詰まっている。「Heads in a Basket」には大きな木の実がつまっているが、そのうち一つが人の顔になっている。