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 このページでは、アンゼルム・キーファー(Anselm Kiefer)の80年代の作品を紹介する。

 



 第2次世界大戦が終わった1945年、キーファーはドイツに生まれた。聖書、カバラ、北方神話、ナチス、ワーグナー、など歴史上のテーマを参照し壮大な絵画・彫刻を作る。80年代後半には世界的な美術家となる。が、執拗にドイツの負の歴史を参照し心の傷口をえぐる作風に、また、ナチスにつながるドイツの歴史に対する曖昧な態度に、批判があり、すでに活動の初期から評価は分かれていた。1993年にフランスに移住した。今でも大作を作り続け、世界各地で大規模な新作展を開いている。

 キーファーは、ポロックなど抽象表現主義を、具体的な対象を描かないながら視覚的に華麗な絵画であるとして評価した。物語性の強い具象絵画が廃れていた時代に逆行して、抽象表現主義のスケール感および視覚上の豊かさを、意味深長な主題と合体させることを試みた。キーファーの絵画はどれも大きい。神話や歴史上のテーマを参照した壮大なテーマがあるのだが、それが分からなくても、作品の前に立つと、その大きさと作品の強さに圧倒される。
 その絵画には鉛・服・石・植物などの「物質」が貼り付けられている。特に鉛はキーファーが初期から現在まで使い続ける物質である。なぜ鉛なのかという質問にキーファーは、鉛は錬金術で金抽出プロセスの最下段にある、とか、サトゥルネス(土星)とつながる、などを理由に挙げている。


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 その前も時々作品を見たことがあり気になっていたが、2005年にベルリンのハンブルガー・バーンホフ(国立現代美術館)のコレクション展に並ぶキーファーの大作はすごかった。

●「Volkszählung(国勢調査)」(1991)

 ハンブルガー・バーンホフで見た中でも一番すごいと思った。

 巨大な鉛の本が並んだ本棚。100kgあるといわれる鉛の本が数百冊、3段の本棚に並んでいる。


 本棚の内側に入ることができる。鉛の本が並び、重い空間になっていて疲れる。
 鉛の本は1冊100kgあるという。もちろん中身は見えない。

 


 外側から見えるページに、鉛の板の下に大豆か何かのふくらみが見えるものがある。また、ページの間に大豆らしきものが埋め込まれているのが見える。


 


 タイトルは「国勢調査」の意。

 キーファーの鉛の本棚と言えば「二つの大河に挟まれし土地(高位の尼僧)」(1986-88)が有名。チグリス、ユーフラテスに挟まれた土地に生まれた西欧最古の文明という主題を、巨大な本棚・図書館として具体化した。本と言う形式に蓄えられた知識そのものの意味を問う。鉛の本の中身は見れないが、腐食した鉛そのものや、鉛の上にイスラエルの風景などの写真を貼ったものや、乾いた豆を押し付けたものや、女の髪の毛を貼り付けたものが含まれるという。
 これと同じタイプの作品。

 



 ●「リリト、紅海をわたる」(1990)


 巨大な横長の画面に、一面に鉛の板が貼ってある。その上に古びた大小の服がたくさん付いている。そのひとつからは黒い髪の毛が伸びていてぎょっとする。
 ハンブルガー・バーンホフにあるキーファーの絵画の中でもひときわ迫力があり不気味な作品。


 カバラに現れる悪魔的女性リリトが海を渡るところを表している。髪の毛が伸びた服がリリトで、それ以外の服が娘たちを表す。
 カバラでリリトは性的誘惑者と位置付けられる。(アダムとイヴの)イヴより前に土から作られたのがリリトで、しかし男女平等を要求するので神といさかいになり逃げたという。

 


 灰色に汚れた白い服は、キーファーが90年ころから作品に取り入れ始め、現在も使っている、キーファーのお気に入りの素材。
 服は時にリリトに、時にイアソンにと、と表す意味が作品によって変わる。一方で、汚れた空っぽの服がアウシュヴィッツに残された(ガス室送りになったユダヤ人の着ていた)服を連想させるという見方もある。

 これもキーファーにはよくあることだが、画面に手書きの文字で「リリト、紅海をわたる」(だと思う)が書いてある。

 



●「飛べ、コフキコガネ」(1974)
 油彩を描き始めた初期の作品。画面のだいぶ上のほうに地平線があって、前景は延々と畑の畝が伸びる、この構図でドイツの荒廃した大地を描くのはキーファーの80年代の絵画に典型的なもの。
 だいたいそこに藁や鉛などといった「物質」性の強いものを貼り付けるのだが、1974年だと、油彩のみで描かれている。そのため、他の作品に比べると物足りない。
 なんとなく、未来にはばたけみたいな雰囲気のタイトルだが、画面は黒こげになり荒廃したドイツの大地であり、煙も上がっている。戦争で焼かれたドイツの地と思われる。
 


●「世界智の道」(1980ころ)
 木版画を貼り合わせた大きな絵画。黒い森に、ドイツの英雄たちの顔が浮かぶ。森には火が放たれたようだ。

 渦巻きのような模様が重ねられ、悪い空気が流れる。戦争へとつながった歴史を暗示しているように見える。

 油彩でなく素朴な木版画を使うことで独特の雰囲気を出している。


 自国の英雄たちを無表情な表現でとらえる。肖像画は事典か第三帝国に関する書物から引用している。
 ドイツ文明の亡霊たちを呼び出し、火で浄化する。「世界智の道」のテーマはこの時期のキーファーが繰り返し描いた。

 




・●「ヘルゴラント島のホフマン・フォン・ファラースレーベン」(1983-86)
 これも巨大な絵画だが、黒い畑の畝のようなものが画面をほぼ一面覆い、上のほうに少しだけ風景が見える、この時期のキーファーによくある構図。
 暗くて比較的地味な絵だが、鉛の戦艦が貼り付けてある。木の道具みたいなものもいくつか貼り付けられている。

 

 


  ホフマン・フォン・ファラースレーベンは19世紀の詩人・愛国者。ドイツ諸国統一を願い自由と平等を希求したが、彼の理想主義は歓迎されず、北海の島ヘルゴラント島に追放された。彼の詩「ドイツ国歌」はドイツ民族統一を願うものだったが、「ドイツ、ドイツ、世界に冠たるドイツ」という歌詞はのちにナチに悪用された。(現在もドイツ国歌に採用されている)。
 ヘルゴラント島は、第1次大戦ではナチスのもとでドイツの潜水艦の基地として使われ、第2次世界大戦後にはイギリス軍の爆撃訓練場として使われた。

 鉛の船を貼った、これと似た作品をいくつも作っている。その都度、意味する物語は違うのだと思う。



 
●「芥子と記憶」Mohn und Gedächtnis(1989)


 手作り感のある鉛の飛行機。全長6mもある。
 両翼に、そして尾翼にも、鉛の本が乗っている。鉛の本の頁の間に、枯れた植物が挟まっている。タイトルにある芥子(ポピー)だろう。

 


 所々に透明カプセルに入った種子がつまっているのだが、再生を表すということだろうか。



 タイトルは、パウル・ツェランの同名の詩集へのオマージュとなっている。
 パウル・ツェランは、両親を強制収容所で失ったユダヤ人で、戦後ドイツを代表する詩人。キーファーの作品には、パウル・ツェランへのオマージュが多く見られる。
 書籍「翼ある夜 ツェランとキーファー」(関口裕昭)によれば、芥子は睡眠薬に用いられることから忘却のメタファーであり、忘却と記憶という相反する意味を表す言葉として、芥子と記憶というフレーズが詩に出てくる。

 







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 以下は、ハンブルガーバーンホフ以外で見た作品。

●「イカロス-辺境国の砂」(1981)

 東京都現代美術館の常設展でたまに見ることができる。
 
 ドイツ辺境の地ブランデンブルグを飛ぶパレット。芸術の力と、その墜落。
 1980年のヴェネツィアビエンナーレで世界的に知られ称賛されるとともに特にドイツで酷評された。そんな画家の姿に、墜落したイカロスを重ねているのかもしれない。

 キャプションに油彩、写真とある。実物を見てもどこが写真なのかわからないが、ブランデンブルグを映した風景写真を下地にして、油彩や砂を重ねて描いているものと思われる。

 

 



●「君の金色の髪マルガレーテ」(1979-81)

 "現代美術のハードコアはじつは世界の宝である展"(2015、東京国立近代美術館)で見た。この展覧会はヤゲオ財団コレクションによるもので、すごい絵がいっぱいだったが、キーファーも初期の有名作品2点が展示されていた。

 キーファーの代表作(のバージョン違い)。見上げるほどの大きさ(2.9m×4m)。茶色い空間に、たくさんの藁のが伸びる。下の部分は藁がぐじゃぐじゃに巻かれて塗り込められている。藁なのに意外と劣化していない。

 タイトルはパウル・ツェランの詩「死のフーガ」から取られている。1945年に強制収容所をテーマに書かれた詩で、「君の金色の髪マルガレーテ、君の灰色の髪ズラミート」というフレーズがある。マルガレーテがドイツ人女性の象徴で、ズラミートがユダヤ人を表す。マルガレーテもズラミートもキーファーの作品名になっている。
 火のついた藁が、収容所に入れられた少女の金髪を表すのだろうと思ったが、ドイツ人女性の象徴ということなので、違う。

(同じ構図の作品「マルガレーテ」(Wikiartより))


●「マイスタージンガー」(1981)

 緊張感のある暗闇を背景に、細い藁が貼り付けられている。藁の先には炎が油彩で描かれる。

 ワーグナーのオペラを参照する。マイスタージンガーは14-16世紀ドイツの慣習で、大規模な音楽コンクール。

 13本の藁に番号が振ってあるのは、13人の歌い手を表す。コンクールを勝ち抜いた13人だが、あえて弱々しい藁で表す。彼らもまもなく死ぬことが、燃えやすい藁と炎でほのめかされる。

 藁の柱が伸びているという点で(隣に展示されていた)「君の金色の髪マルガレーテ」と共通しているが、こちらは藁が細く弱々しい。


●「至高の存在へ」(1983) (パリ、ポンピドゥセンター)

 様々なモノを貼りつけるタイプでない、キーファーにしては地味な作品。

 レンガの重厚な建物を描く。奥の黒い窓の部分は木版画を貼り付けている。黒い窓に1、2、3の数字が振ってある。(空っぽの室内空間に3つの椅子があり、父・子・精霊と文字が添えられているという絵がキーファーの1970年代の絵にあるが、)この1,2,3も三位一体を表すのかもしれない。


 1983年にキーファーは多くの作品でナチス建築を取り上げた。ナチス政権が彼らの英雄たちを称えるために生み出した建築様式。それを、空虚な器として描く。
 この絵もナチス政権のもとでベルリンに建てられた建築の写真を参照する。



●「グラーネ」(1980) (森美術館、MoMA展)
 ワーグナーのニーベルングの指輪に基づく、ジーグフリードとブリュンヒルデのテーマの絵をキーファーはいくつか描いているが、グラーネはブリュンヒルデの愛馬。
 馬が炎の燃えさかる地獄絵の中央に立ち、肋骨をさらしながら立っている。

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