(2021/9/22, 10/8)

 

 事前に会場パンフレットをwebで見て、構成を確認していた。展示は1階と3階。3階の近作・新作が目玉であり、前半の80年代・90年代の絵に時間をかけすぎてはいけない、と考えた。

 

 しかし実際見始めると、最初のコーナーが予想外に面白かった。

 

・神話の森へ

 

 横尾が本格的に絵画を描き始めた80年代。当時の美術はニューペインティングの時代。強引な力強さはあるがいい絵ではない、というイメージがあった。が、違った。神話的で力強い、見応えのある作品が並んでいた。

 見たことない大作があると思ったら、3点の別々の絵をくっつけて(間を空けずに展示)三連画の大作として展示しているのだった。この展示方法で力強さが増していた。「男の死」。屠殺された牛のような、三島由紀夫のイメージ。キャンバスに鏡が散りばめられる。

 

 裸の体が共通した3点による三連画も迫力があった。「Maurizio, Nicola and Sandro in Varese, June 1, 1984 (No. 4)」森の中のヌードだが、黒い画面に光るように肉体が描かれている。横尾はこんなに上手にも描けるのか。別の1点はちょっと間抜けな、全裸でターザンのポーズをとる(ひょろひょろして全然強そうでない)横尾の姿。

 

 「赤い叫び」も面白い。すごい勢いで嘔吐しているのかと思ったら、女性が吐いているのは血だった。男に腹を殴られ男の顔に血を吐いて浴びせる。絵の周りを赤い電飾がかこみ、”TADANORI YOKOO”の文字が点滅する、派手な装飾の絵。キャンバスに異物を貼るのも80年代っぽい。

 

 

・リメイク/リモデル

 画家宣言以前の1966年に描いたシリーズを、2000年代以降も反復する。あっけらかんとした女性のシリーズ。。

 このシリーズは特に好きではないが、お堀を泳ぐ女のシリーズが壁一面に3段に展示されているのは面白かった。オリジナルは66年だが、なぜか2015年に大量のバリエーションを描いている。4人になったり、顔が福笑いになったり。しつこい。なんでこんなに描くのか。(この絵の多くがKAWSのコレクションらしい)。緑の顔のスイマーの絵と、青い顔のスイマーの絵が並んでいて不気味でいい。

 

・滝のインスタレーション

 滝の絵を描くために滝のポストカードを集めたら集まりすぎたので供養のためにインスタレーションにした、というもので、自分は1999年の水戸芸術館など3度見たことがあった。今まであまり印象に残っていなかったが、今回のはすごかった。暗く照明を落とした部屋が、明るい展示室の間に突如挟まれ、異界感がある。高い天井にも滝のポストカード。

 鏡を効果的に使い、よけい広大に見える。

 

・地球の中心への旅

 90年代の具象。過去の個展で見て知っている絵が多いが、改めて見ると作品の大きさに驚く。そんな大作が上下2段に展示される、贅沢な空間。

 「幽閉された愛」がいいなと思った。塔に青く光る窓がある、唐突に電話や植物が描かれる。あとやっぱり「ニューオリンズからの使者」は面白い。奇想天外な横尾らしい世界。

 「死の愛」では裸の男たちの上に君臨する三島由紀夫。画面に宇宙人だか異界のものたちの顔が描かれているが、”MUSHIKOV”、”KEN”と宇宙人の名前が書いてあるのがおかしい。宇宙人といえば、横尾が宇宙人に器具を埋め込まれてから、亡くなった両親と連絡が取れるようになった、と普通に語る下記対談が面白い。

横尾と丹波哲郎の対談へのリンク

 

 

・死者の書

 

 自分が横尾の作品を初めて見たのは1999年、水戸芸術館のグループ展「日本ゼロ年」展だった。そのとき出品されていたのが赤い絵のシリーズだった。当時の自分は横尾を、ポップな絵を描く有名なグラフィックデザイナーと認識していたので、こんな土着的でおどろおどろしい具象画を描くことに驚いた。

 

 そのとき見た作品が今回も展示されている。「水の回廊」は、赤い風景の中に、洗面台や水道が浮かび、風景の中には日本の古い女性たちの白黒写真がコラージュされている。「運命」では、橋を渡る子供たちが、足を残して赤い宇宙の中にかき消される。美しくて怖い絵。

 

 2つの壁が赤く塗られ、赤い絵の大作が上下2段に並ぶ。赤い絵は横尾の画業の中でも(Y字路以前の)代表作だと思う。自分にとっては、このコーナーが1階のクライマックスだった。

 

 赤い絵以外にも、死の雰囲気のある絵が並ぶ。

 部屋に入った右側の5点は"子供時代の思い出"つながりと思われる。「記憶の鎮魂歌」。みんな笑顔で記念撮影している絵なのに、間に白黒の小さい顔も浮かび、全てが死者のように見える。「思い出と現実の一致」。子供時代の思い出が、黄色い光に包まれる。子供時代のかわいい横尾(最新作にも出てくることになる)や、バルテュスを引用した少女がいる。

 

 これで1階が終わり。面白い作品が次々出てきて楽しい。

 しかし、その1、その2に書いたように、3階のY字路からさらに面白くなった。そして最後の部屋の最新作が一番面白かった。

 

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 横尾は80年代以降、テーマや描き方をどんどん変えていった。ばらばらのテーマ・画風の作品群だが、個々の作品が、そのほとんどが面白いというのがすごい。

 美術史とか世界の現代美術における位置付けとか関係なく、横尾はすごい画家だと改めて思った。この展覧会が見られてよかった。今年一番だし、ここ数年の中でも一番の展覧会だった。