無限
本田宗一郎の長男、本田博俊が立ち上げたホンダ車専門のチューニングブランド。レースにも積極的に参戦していて、F1で通算4勝している。JTCCで活躍したあと、1998年からJGTCに参戦を開始した。
IMPUL
日本一速い男星野一義が義弟金子豊と立ち上げた日産系のパーツショップ、インパルのレース部門。エースはもちろん星野一義。94年、95年影山正彦が1人で連覇している。GT以外はカーナンバー19だがGTは12。
SARD
トヨタの第7部隊が独立して生まれたのがサード。シグマオートモーティブという名で日本チーム初のルマン24時間挑戦という歴史あるチームだ。長らく同じくトヨタから独立したDENSOをタイトルスポンサーにしている。
ラリーアート
ラリーでお馴染みの三菱自動車ラリーアートが、FFマシンのFTOを引っ提げてJGTCに参戦。チーム運営はノバエンジニアリング。しかし、MR2やシルビア、RX-7にセリカといったライバル車の前に苦戦している。
オートバックスレーシングチームアグリ
鈴木亜久里の夢をオートバックスがサポートする形で立ち上げたチーム。有望な若手ドライバーを中心に戦う。鈴木亜久里自身はニスモからドライバーとして参戦しているため、秋田史が代理で監督をしている。
TEAM TAKE ONE
80年代からグループAに綜合警備保障のスポンサーを得てM3で参戦していた。95年からポルシェでGT500に参戦。96年からはノバエンジニアリングにメンテナンスを委託している。山田洋二は日本信販の会長だった。
TEAM TAISAN ADVAN
太産工業社長の千葉泰常が率いるチームで、JSPCやグループAで横浜ゴムと組んで成績を残している。JGTCでも横浜ゴムと組んで参戦、GT500、GT300両方でチームタイトルを獲得。前年からバイパーを投入した。
RE雨宮レーシング
ロータリーエンジンのカリスマ、雨さんこと雨宮勇美が率いるチームで、一貫してRX-7で戦っている。98年からドラッグストアチェーンのマツモトキヨシのスポンサーを受けることになり、カラーリングが黄色に変わった。
童夢レーシングチーム
シャシーコンストラクターとして有名な童夢のレース部門。97年からNSXのボディ開発を担当し、その空力でトヨタや日産に熾烈な開発競争を焚き付けた。98年、ホンダ陣営で唯一未勝利に終わった。
ハセミモータースポーツ
日産の主力ドライバーの長谷見昌弘が1980年に設立したチームで、ドライバー自ら立ち上げたチームの草分け的存在。もちろんエースは長谷見。長らくトミーのスポンサーをミニカーのトミカ名義で受けている。
CERUMO
酒井正のメカニックをしていた佐藤正幸が酒井エンジニアリングを引き継いで設立した。セルモはイタリア語で堅調という意味。95年からスープラでJGTCに参戦、98年からFK/マッシモのスポンサーを受けて走る。
NISMO (ザナヴィシルビア)
NISMOがGT300制覇に乗り出し、開発したのがこのシルビア。ドライバーはタレント近藤真彦とオーディションで選ばれた青木孝行。同じシルビアでもダイシンとは別仕様で、仙台ハイランドで近藤がポールポジション、決勝2位。
5ZIGEN
5ZIGENは大阪に本社があるホイールメーカー。F3000やグループAに自社チームで参戦していた。JGTCも97年からスープラで参戦し、最終戦SUGOで優勝。しかし、99年からTAKATA童夢のサポートをするため撤退した。
NISMO (ZEXELスカイライン)
NISMOの1号車にあたるZEXELスカイラインは、96年から鈴木亜久里がドライブ、98年にはGT500を連覇した影山正彦を迎えて参戦。僚友ペンズオイルに比べると表彰台1回だけの不安定な成績でシーズンを終えた。
チーム国光
日本を代表するレーシングドライバー、高橋国光が1992年に立ち上げたチーム。GT500で唯一カーナンバーが3桁の100番。これは国光自身が2輪の世界GPで優勝した時の番号。JGTCでは由良拓也のムーンクラフトとジョイント。
NAKAJIMA RACING
元F1ドライバーの中嶋悟が現役時代に設立した中嶋企画のレース部門。最初はグループAやJTCCで活躍、98年からNSXでJGTCに参戦、第4戦富士ではNSXの初優勝を飾った。しかし、最終戦ではスタート出来ずにタイトルを逃した。
TOM'S
マカオの虎と呼ばれた舘信秀とトヨタ系ディーラーのスポーツコーナー担当だった大岩湛矣によって設立。一貫してトヨタ車で参戦しているがトヨタ自動車とは資本関係はない。97年チャンピオンだが98年は苦戦のシーズンだった。
つちやエンジニアリング
東名自動車から独立した名エンジニア、土屋春雄が率いるチーム。データをあまり使わずに職人の勘や買ってきたベニヤ板などで戦う。98年、このMR2はオールスターを含めた7戦で6回優勝と離れ業でチャンピオンを獲得した。
NISMO (ペンズオイルニスモGT-R)
本来ならニスモの2号車だが、開幕戦鈴鹿、中止になった第2戦を挟んで第3戦仙台ハイランドを連勝。そのあともシングルフィニッシュを続けて、チャンピオンに輝いた。98年のR33は大改良が施され、今までのR33とは違う。





































