先日、元カノの家にお邪魔した時に
猫と戯れてきました。
猫可愛い。

3匹いるのですが白、三毛、黒とそれぞれに
愛嬌のある猫で、とても可愛いです。
呼ばれれば「ニャア」と鳴く三毛は繊細な心の持ち主。
黒は懐っこくて撫でられるのが大好き。
白は元気で遊び好き。
三者三様(三匹三様)個性があって、ずっと撫でていたい。
猫の癒しは何物にも変え難いものがあります。
 
 
猫の鳴き声、擦り寄ってきてくれる仕草、表情。
「たまらないな」と思います。
動物の癒し、この日もしっかり撫でまくり
堪能してきました。
 
 
 
閑話休題
 
この度、コロナウイスのニュースの転載以降
様々なご意見やコメント、メッセージを頂いています。
 
俺の要旨を理解してくれた方には心から感謝しています。
 
時に自分自身もがん患者である事を忘れたりも
しますが、俺のブログの読者さんには目に見えなくても
普段コメントを残す事が無くても必ず所謂「末期癌」の方や
現在進行形で治療にあたって副作用で苦しんいる人、
そして、余命宣告をされて、治療法が無くなって
緩和ケアに移行している人達がいると思います。
 
そう言う人達は正直、ナイーブです。
死を受容するまでに考え、悩み受容に至ります。
 
ある意味においては卑屈とも思われるかもしれないのですが
誤解を恐れずに言うのならば言葉を選ぶ時に読み手がどの様な
状況、環境にあるのかを少しでも斟酌していただければと
思うのです。
絶対に避けられない「死」が想像よりも早く
やってくる事を「嬉しい」と思う人はあまりいないと思います。
 
闘病ブログと言うには稚拙な内容のブログではありますが、
俺は俺のブログを読んでくれる「がんに苦しむ人達」の心を
ちょっとした言葉の綾や表現によって招くリスクである
「捉え方の問題」などや「深い、浅い」などの読み手方の
問題にすり替えてナーバスにさせる事はできません。
 
 
がん患者が「闘病記」としてがんのブログを書く以上、
読んでくれたがん患者が「精神的に傷つく事」からは絶対に
守りたいと思います。 それが公のネットという場で発言を
する者の倫理観だと思います。
 
そこでお願いです。このブログはがん患者が読んだ時に
「どの角度から読んでも救いのあるコメント」であってほしいのです。

「貴方」が癌で余命宣告をされていたとして「そのコメントを読んだ時に嫌だな」「傷つくな」と思うコメントは、今現在罹患しているがん患者が読んでも「嫌だな」「傷つくな」と思うはずです。

がんに限らず大病を患うと見えてくる景色や
聞こえてくる内容が変わります。
元気な時にはそうは思わなくても、世界が変わってしまうのです。
闘病記のカテゴリにあるブログだからこそ
がん患者の気持ちに寄り添っていただけると嬉しく思います。
 
読んだ人が幸せになる様な幸せのタネが届くブログを
書いていきたいと思います。
 
よろしくお願いします。