そうだ、漫画描こう。2 | 漫画を描いて載せるブログ

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前回の続きです。


「漫画を描いてないのに、気分は漫画家」

いわゆる、自惚れている状態である。

 

冷静な頭になっている今だが、もし当時の自惚れている自分に会ったとしても、迷うことなく「頑張れ」と励ますだろう。

少なくとも「絵は描けるの?」「どうせ無理」「まずは世間で流行っている漫画を読んでみようね」「夢はね、叶わないから夢っていうんだよ」「現実を見ろ」「そういうのは一握りの才能がある人だけが目指すものだ」とか、そういった如何にも全てを悟っているようで、本当は何も悟っていないような興ざめな事は口にはしないと思う。
 

自惚れる事は、決して悪ではない。

自惚れが、一番最初のスタートダッシュをする原動力になったりもするから。

 

それに、まだ何も挑戦してもいないのに自惚れて「自分はできる!」という気持ちを持つことは、見る人によっては滑稽に見えることもあるかもしれないが、本当はとても美しくて尊いことだと思う。

 

なぜなら、子供のような純真な心の顕れだからだ。

 

それを知ったら、その美しい心を笑うことなど誰にもできない。

 

自分の人生はたった一度きり。

 

始めなければ、始まらない。

 

余計な思考は必要ない。

 

 

 


あと、夢は叶っても叶わなくても、本当はどちらでも良いのかもしれない。

 

例えば、よく「夢は叶えるもの」という言葉を聞くが、その言葉の意味が、私にはいまいちよく分からない。

 

「ただ夢を見てるだけじゃなくて、叶えるための一歩を踏み出しましょう」ということなのかもしれないが、どことなく夢が叶っていくこと自体が重要で意味があるかのようなニュアンスが含まれている感じがする。

 

もしそうなら、私の考えとは全く異なると感じる。

 

私の考えでは、夢というのは「自分を輝かせてくれるステージ」であり追いかけていること自体がもうすでに夢の中にいるのと同じなのだ。

 

つまり、夢に「叶う or 叶わない」といった、まるでたった一つのゴールしか存在していないようなニュアンスは、完全なる幻想なのである。

 

夢にゴールなどない。

 

もし仮にゴールのように見えるものがあったとしても、実はそれは、ほんの通過点にしか過ぎないのだ。

 

夢というステージは、時には形を変え、四方八方に分岐しながら、どこまでもどこまでも果てしなく続いていくものなのである。

 

それこそ、宇宙の果てまで。

 

途中で辛くなることもあるかもしれない。

 

頑張っても頑張っても一銭にもならないかもしれない。

 

誰からも注目されないかもしれない。

 

現実に打ちのめされて夢を投げ捨てたくなるときもあるかもしれない。

 

だとしても、そのような果てしない夢の中で夢を追いかけ続けたいと私は思う。

 

もしかしたらそれは、ただの意地なのかもしれない。

 

でも、それでも構わない。

 

なぜなら結局、「夢を追いかけている自分がやっぱり好きだ」と思う気持ちに行き着くのが分かっているからだ。

 

 


さて、本題からズレてしまったが、意気揚々と世界堂へと向かった私。

トレース台、付けペン、ペン先、原稿用紙、インク、スクリーントーン・・・など、必要と思われるものを全てカゴに入れていく。

アドレナリンMAX。

会計金額に少しだけ現実に戻ったが、それさえもやる気に変わる。アドレナリンの勝利。



そんなこんなで漫画作製に取りかかるわけだが、まずはネタ作りから考えなくてはいけない。

とりあえず、どんなジャンルの話を描きたいのか、そこから探る。

漫画といっても、シリアス系、恋愛系、ファンタジー系、ギャグ系、コメディ系・・・と色々あるし、さらにそれらが複数組合わさっている。

かつ、少女漫画向き、少年漫画向き、青年漫画向きとバリエーションは無限なのだ。

無限の中から、自分の描きたいものを見つけ出す。

その作業から、まずは開始する。

よって、興奮のうちに集めに集めた画材を使うのは、まだまだ先の事なのであった。。。


続く


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