皆さん、こんにちは。

当ブログに訪問していただき、ありがとうございます。

 

先日、自宅の近くを歩いていたら、まだセミが数匹鳴いていました。夏の終わりを告げるセミとして知られるツクツクボウシに、アブラゼミも少し弱々しいですが鳴いていました。その数日後にもツクツクボウシの鳴き声を一匹確認しました(太陽暦十月十四日)。盛夏の大音量のセミの声も良いですが、私はこの時期の希少性の高い、遅鳴きに近いセミも好きですね。しかし、今後の気温を考えるとセミの鳴き声を聞くのは、私の住む地域ではそろそろ終わりになりそうです。セミは気温が下がると鳴けなくなるのです。

 

【遅鳴きのセミについて】

・セミの遅鳴きとは、セミの鳴き終わりのこと。初鳴きの反対。

・セミは気温が低くなると上手く鳴けない。

・しかし、気温が低くなったとしてもすぐには死なず、生存し続ける。

・そのため、この時期でも条件が良ければ(晴れで風がなく気温が23度以上の日など)、短い期間だがセミの声を聞くことができる。

 

前置きが長くなりましたが、当ブログは主イエス・キリストの福音を宣べ伝えるために開設しました。

聖書を読んだことがない方は、ぜひ読んでみてください。聖書を読めば、万物を創造された神がおられ、神は聖書に書かれている通りにこの世を動かされているのが分かります。また、人間はどう生きていけばよいのかもすべて書いてあります。特にコロナ騒動の真実を知っている方は急いで読んでください。今後の生き方の指針となるでしょう。

 

そして聖書を通読したことがある方、冒頭でセミの話をした理由が分かるでしょうか。

 

これはキリスト者たちが置かれる、こらからの状況に近いと思って紹介しました。間近に冬(大艱難期)が迫っており、もうすぐ鳴くこと(→福音伝道などのキリスト者としての働き)ができなくなってしまうという意味です。特に私を含めこれからキリスト者としての働きをしていこうと思っている方々は、限りなく「後発組のセミ」であることも忘れてはなりません。地上に出て羽化する(→生き方を変えて生まれ変わる)のがかなり遅れるわけですから、一日一日を大切に生きていかなければすぐに冬が来てしまいます。徐々に鳴けなくなっていくセミを見て、私たちに与えられた自由な時間もあと少しであると改めて感じたのです。今、始めなければ後悔すると思い、このブログを開設しました。(伝道はキリスト者の重要な務めです

 

日本では憲法改悪の危機が迫り、多数の死者を出したmRNAワクチンよりも危険なレプリコンワクチンが導入され、世界各地で戦争の話を耳にします。あまり時間が残されていないのは、今の世の有様を見れば明らかでしょう。

 

私は随分前に、主イエス・キリストの存在を知り、主イエスの御品性の表れである律法を守ることの大切さを学びました。しかし、いつまで経っても御言葉を聞くだけで終わってしまい、これまでと何も変わらない怠惰な生活を続けていました。おそらく、私と同じようにやるべきことを知っていながら、それを行いで示せていない方は相当数いるのではないでしょうか。冬(→大艱難期)が来て、自由がなくなる前に、できることから生き方を変えていきましょう。

 

聖書にも記述があります。

 

新約聖書 ヤコブの手紙 四章十七節

 

人がなすべき善を知りながら、それを行わないのは、その人にとって罪です。

 

 

新約聖書 ヤコブの手紙 一章二十二~二十五節

 

御言葉を行う人になりなさい。自分を欺いて、聞くだけで終わる者になってはいけません。 御言葉を聞くだけで行わない者がいれば、その人は生まれつきの顔を鏡に映して眺める人に似ています。鏡に映った自分の姿を眺めても、立ち去ると、それがどのようであったか、すぐに忘れてしまいます。しかし、自由をもたらす完全な律法を一心に見つめ、これを守る人は、聞いて忘れてしまう人ではなく、行う人です。このような人は、その行いによって幸せになります。

 

 

今回は自己紹介を兼ねて短い記事を投稿してみましたが、やはり他者の書いた記事を読むのと、実際に自分で記事を作るのでは費やす時間が大きく異なることが分かりました。今後はしっかりと準備を進め、有益な記事が書けるように努力してまいります。

一人でも多くの方が主イエスの御言葉に耳を傾け、本当に大切なものが何かを悟ることができますように。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

 

以上