昨年10月~11月にAbemaで放送された「男磨きハウス」がわりと反響を呼んだ。

 

さえないダメな男たちを集めてしごく、ただそれだけの構成なのになぜ?

 

そのことについて考えてみると、やはり今の男たちが男らしくないというのが原因としてあると思う。

 

だからこそ、彼らしごかれながら泥臭く前進する姿が眩しく見えた。

 

それが、怠惰に生きている自分たちにはないものだから。

 

 

 

 

なぜ『男磨きハウス』がうけたのか

 

 

 

 

 男磨きコンセプトが社会に与える影響

 

女からしても、男らしさといった「価値」を提供してくれる男が今はもうなかなかいないから、「男磨きハウス」を観て、「こういうのいいな」と思ったんじゃないか。

 

特に今は男女平等が叫ばれていて、「男らしさ」とか言うとセクハラだ!みたいになりかねない。

 

確かに行き過ぎた性による区別は良くないとは思う。

 

でも原則として男と女は体の構造から違うわけだし、男は男としての役割ってのがどうしても出てくる。

 

当然女としても、ある程度男には「男らしさ」を求めたくなるってモノだろう。

 

それはリーダーシップだったり、リスクをとることだったり、外敵から家族を守ることだったりするわけだが、それが見えにくくなった現代もその価値は存在すると思う。

 

我々男が女に「きれいで可愛くてエロい体をしていて恥じらいがある」という女らしさを求めるのと同じように。

 

だから、『男磨きハウス』で示されたコンセプトが、男にも女にもうけた。

 

そのコンセプトとは、弱い自分をさらけ出して、恥をさらして、はいつくばってでも上に登ろうとする姿勢。

 

そのコンセプトが広がっていけば、広い意味では少子化や、海外で社会問題になっているらしい『インセル』という問題の解決とまではいかなくても、その対策にはなっていくんじゃないかと思う。

 

インセル問題とは何か

インセルというのは、セックスにありつけない男達が、負の感情をこじらせて暴発する現象で、銃乱射など悲劇的な事件に発展する可能性がある。

 

インセルの人たちは、その鬱屈した感情をSNS上で発散したり、それが闇サイトにつながったり、インセル同士でつながって、犯罪の温床になるみたいなケースもある。

 

誰でもインセル化する可能性があるという現実

このインセル問題を「彼ら」として片付けることはできない。

 

俺だって昔そうなる可能性がなかったわけじゃないし、男だったら誰だってその可能性はあると思う。

 

何かがうまくいかなくなって、そこで崩れるというか、引きこもってしまったり、殻に閉じこもってしまったり、人とコミュニケーションがうまく取れなくなってしまうのは誰にだって起こりうる。

 

特に男はこの傾向が顕著であるように思う。

 

俺も過去に自分の殻に閉じこもった時期はあった。

 

例え今陽キャでパリピで人生がうまくいっている人達だって、何かが上手くいかなくなった途端、そのふり幅によって一気にインセル化する可能性がある。

 

 

 

 自己規律を持つ

 

そうならないためにはどうすればよいか。

 

それが『自己規律を持つ』ということだ。

 

これは様々なストレスに柔軟に対応して、自分の感情・行動の基盤を崩さない能力であるとも言える。

 

そして自己規律を身に着けていく過程で、自然と外見と内面が整い、自信が身についてくる。

 

ただし、自己規律はただでは身につかない。

 

短期的に身に着けたいと思ったら、ある程度きつい思いをして、時にはしごかれる体験をして、それでも逃げないでくらいついていくような経験をしないと難しい。

 

 

そして『男磨きハウス』のメンバーはそれをやった。

 

確かに、あの短期間で劇的に変わるかと言ったらそうではない。

 

でも、童貞陰キャをさらけ出して、婚活パーティでみじめにフラれる姿をさらして、それでも向上しようとする姿勢は、確かに「男らしくてかっこいい」と思った。