我が家の変な親族暴露日記

「うちって変?」「十分に変だよ」といわれ続けてもう、○年。

それでも「ごく一般家庭」って信じていましたが、どうやら違うらしい。

今までは黙ってきたけど、母の苦労を今一挙暴露!



Amebaでブログを始めよう!

母の出産~医療ミス~

母が出産した日の夕方。
亡者ジジババも帰り、母と猪ババは二人っきりでいました。

「母さん(猪ババ)やっぱりおなかが変」

母はもう一回そういいました。
猪ババは不信に思いました。何がおかしいのかわからない。ふと思いついたことが猪ババの心をよぎりました。丁度そのとき検温の看護士さんが来室。

看護士「検温です~体調はいかがですか?」
母「気持ち悪いし、おなかが冷たくて」
看護士「疲れているんだと思いますよ、ゆっくり休んでくださいね」

そういうと、看護士さんは部屋から出て行きました。
猪ババは、あわてて追いかけました。

猪ババ「すみません、先生どこにいらっしゃいますか?」
看護士「え?ナースセンターの隣にいますが・・・」
猪ババ「ちょっとお話しさせてください」
看護士「いいですよ。こちらへ」

猪ババは、当直の医師の所へいき胸にある不安をききました。

「娘は後産をしていますか?」

当直の先生もびっくりしました。立ち会われた先生ではないので、まさかそんなことはと思いつつ
調べてくださいました。
立ち会った看護士や医師・・・
何せ母の出産は異常に長すぎた上に、産んですぐ意識をなくしていた・・・
ドタバタの中での出産でした。
ましてやその日は4人以上も産まれていると言う出産ラッシュデー。
心配は的中していました。
今では考えられない医療ミスです。
母はあわてて分娩室で再処置をしたそうです。

母はそれが原因でしばらくの間体調を崩しました。
もっと気がつくのが遅れれば、子宮卵巣ごと摘出だったそうです。

母の出産~難産~

母は田舎で出産の日を迎えました。
予定日よりも1週間早い出産です。
しかし、おなかを見る限りは一ヶ月以上おなかで育てたの?っていう感じのおなかでした。
おりしも陣痛がきたのは、祝日の前の日の夕方。
初産の場合、24時間はかかるといわれているので母も猪ババもこれは祝日産まれの子供になると少し喜んでいました。
病院に入ったのが、その日の夜。
陣痛が来ていることは、父にも亡者ジジババにも伝えました。
しかし、父はその時地方出張でどうしても戻れず、祝日の夜にしか帰宅できない状態でした。
いうなれば、亡者家の

初孫誕生!プレゼント

の瞬間です。父は電話で何度も何度も猪ババに謝りました。
予定日が1週間後だったから仕方ないといえば仕方ない状況です。
猪ババは納得もしていたし、むしろ電話をしてくる父に感謝をしました。
しかし、感謝できない人物が・・・

亡者ジジとババ・・・

電話をした瞬間。

「そうですか、産まれたら電話ください」

そういわれて電話を切られました。

産まれたら・・・それだけ?


猪ババは、不信に思いつつ母に付き添いました。
しかし、いくら待っても産まれてこない。
日付が変わり、祝日になり・・・やっと分娩台にのっても産まれてこない・・・
その病院は分娩台が3台あり、産声が上がるたびに猪ババは
「やっと産まれた?・・・違う子か」
を繰り返し分娩台は寒いからと看護士さんにお願いして中に入れてもらい、
母の手を握って毛布をかけ

「みんなこうなんだから、普通なんだから」
(いえ、明らかに普通の出産ではないです)


と励まし続け、影で医師に

「帝王切開にしてあげてください」

と何度も掛け合い拒否され。
今の医学であれば、母の場合は母子の健康を考えると帝王切開がベストだと思います。
しかし、医師はかたくなに自然分娩を譲らず母は本当に苦しみました。
その頃父は、電車事故の為まだ出張先で缶詰でありました・・・

そして、さらに日付が変わった日の早朝・・・

長男誕生!ドキドキ

分娩台で2泊・・・長男の体重4200g・・・
自然分娩サイズではありません^^;母は体力消耗著しくそのまま倒れこんでしまいました。
猪ババは生まれたことを、まっさきに亡者家に電話をしました。

「わかりました。」

返答はこんな感じ。
猪ババはもうそんなことより、娘(母)の体力消耗が心配でオロオロしていました。
長男は元気元気w
泣くわ叫ぶはの健康体でした。
そんな中、父が出張先から直接病院に合流!すぐに会社に行かねばならないのに、
父は母のところにきて

「有難うね」

と伝え、長男をみてそのまま会社へレッツゴー!
しかし、母はまだ意識を失ったままでした。
母が目を覚ましたのは、その日の午後。
しかし目を覚ました瞬間

「おかあさん、おなかが冷たい・・・気持ち悪い」

猪ババは「?」となり、

「おなかの赤ちゃんがいなくなったからじゃないかしら?」

と毛布を追加しました。そしてそんなところに亡者ジジババ登場。

亡者ジジ「大儀だったね。ご苦労様」
亡者ババ「タロは仕事でこれないから」
猪ババ「朝、タロさんきて下さいましたよ」
亡者ババ「え?きたんですか?(ちょっとむっとして)」
猪ババ「あ・・・はい」
亡者ババ「・・・孫見てきます」


以下次号(笑)

母の妊娠②

母の妊娠は待望のものでした。
日に日に大きくなるおなかも、母には嬉しいものでした。
日に日に大きく・・・大きく・・・

なりすぎたおなかΣ(゚Д゚)

母は、背中からおなかが出ないタイプ・・・
つまり迫り出し型の妊婦さんでした。
写真も残っていますが、出産間近にはおなかにご飯とお味噌汁をのせて食事が出来る大きさでした。

ご近所さんには

「2つばら?(双子)」

と聞かれるほどの大きさです。

実際ネネコ(父の妹)が嫁いで、ちょうど母が出産を間近に迎える頃に、彼女も妊娠をして
母のおなかを見て大層おびえました。
それくらいでかかった・・・
歩くにも足元が見えない、手を伸ばしてもおなかがつっかえる。
コメディ映画の登場人物のようなそんな体型でした。

そして出産の1ヶ月前母は、実家に戻り出産をする事になりました。

母の妊娠と四面楚歌

結婚して1年も経った頃、母は妊娠をしました。1年も妊娠をしない母に

「子供作る気あるの?」
「そんなに教師の仕事辞めたくないの?」
「長男の嫁なんだから、早くして頂戴」


と言葉の暴力を受けていました。母も子供が欲しくそれなりに努力をしていましたが
環境の変化と、ストレスで生理不順になってしまっていました。そんななかの妊娠です。
天にも昇るうれしさでした。

教師の仕事は「休職」をするつもりでした。
父も賛成してくれていました。
ちなみに、父はサラリーマンでした。

結婚する前、亡者ババは

「タロは家業を継ぎません。継ぐのは色黒です。」

といわれていました。それは今後もそうだと思っていました。
妊娠がわかって、父はたいそう喜びました。仕事で忙しいのにできるだけ早く帰ってきました。
いい夫に見えますが・・・
そういうわけではありません(笑)

何もできないから、そばにいる。

なんです(笑)実際亡者ババとの争いには父はよくある

「板ばさみの優柔不断な夫」

を演じていました。母は正直言えば孤軍奮闘でした。
そんな中での初めての妊娠。
不安は尽きないと思います。

母の性格と亡者ババの性格

ここまで書いてきて、母はとてもけなげな女に見えると思います。
でも、母はけなげな女ではなかったです(笑)

気が強いが、弱い女でした。

人付き合いが下手で、友達を作るのも下手な不器用な人でした。
それは、耳にハンデがあってそれを知られたくないという気持ちもあったと思います。
気は強いくせに、人の目を異常に気にする。
娘の立場で冷静に「嫁と姑」の関係をみてきましたが
母にも確かに落ち度はありました。
それ以上に、亡者ババは度がすぎていましたが・・・

亡者ババは、ある意味かわいそうな女性です。
追々出てきますが、とてもかわいそうだと思う一面もあります。
信用できるのが、ある意味「お金」であったのだと思います。
お金があれば、愛情すらも買える。そう思っていた部分があったと思います。

だからこそ。この二人は諍い、争ったんだと思います。

両極端な二人の女性ですが、似た部分も多かったと思います。

母の結婚生活~料理編~

嫁いですぐ、母は夕食を任せられました。
父の家は大家族です。
当時職人さんが2人同居してましたので、亡者ジジ、ババ。
父の兄弟3人、そして父と母の9人家族です。
初めての夕食つくりで母は悩みました。
一気に作れて、お変わりにも対応できるメニュー。
母は、シチューを作ることにしました。

その日、亡者ババと、ジジ。職人さんは帰宅が遅く、父の兄弟だけで食事を始めました。
色黒(父の弟)、色白(父の弟2)、ネネコ(父の妹)もおずおずと席に着きます。
目の前には、野菜たっぷりのシチューとご飯。一応漬物。
色黒は、おもむろにしょうゆを手に

シチューにかけた!!

母はびっくりしたというより、何が行われたのかわからず

「色黒さん、味薄かった?(・・;)」

焦りながら、そうききました。色黒はあわてて

色黒「あ!!かけるものじゃないの?!どうやって食べるの?!」

え?・・・・Σ(゚Д゚)!
母は、あわてて

母「このまま食べるのね。新しくよそうからまって」

しょうゆで黒くなったお皿をあわててさげ、新しく皿によそって母はもう一度出しました。
色黒は恐る恐る一口食べる。

色黒「Σ(゚Д゚)!うまい!!」

その一言に、色白も、ネネコも続けて食べました。

色白「うまいよ!義姉さん!」
ネネコ「ほんとうだ・・・」
色黒「美味いよ!初めて食べた!」

・・・・・初めて食べた?!

母は動揺を隠しつつ。

母「口にあってよかったわ~(=^‥^A アセアセ・・・」
ネネコ「義姉さん、今度料理教えて。かーちゃん(亡者ババ)和食しかできないから」
母「いいですよ」
ネネコ「私来年結婚だし、何作れるの?」
母「とりあえず、料理の本まず貸しますからそこから選んで」
ネネコ「うん!」

その夜、母は父に

父「俺は、大学で東京にいたからさ。それなりの料理は食べたんだけどね」
母「う・・・(。。*)ウン」
父「亡者ババは、和食しかできないからさ」
母「そうなんだ~(=^‥^A アセアセ・・・そういえばカキフライもそういってたよね」
父「(*¨)(*..)(*¨)(*..)うんうん 。食べたことなかったもん」
母「じゃあ、私が作るときは洋食もいれるね」
父「そうしてあげて」

母は、しばらく考えました。
職人さんもいて確かに大家族。
細かい料理なんて作れない亡者ババの気持ちはすごくわかりました。
おのずと、煮物で鍋1個で出来る簡単なものになったのでしょう。
しかし、若い兄弟(父の弟妹)にはせめて
洋食もたまには用意してあげたい。
母はそう思うと明日からの料理に腕がなりました。

このブログについて~脱線~

このブログの母の回想は、猪ババ(母の母)からの思い出話や
母の姉の思い出話、勿論母の思い出話をすり合わせて書いています。
作り話じゃないです(笑)

母は、手帳をつける習慣のある人で、それをみて知ったことも山ほどあります。

ここで暴露をしてしまうと、母は既に他界をしています。

だからこそかける話です。
だからこそ、暴露しようと思った話です。

現実は小説より、残酷でそして人間はこうも人をむげに出来るものか・・・

私は子供の頃からそれを感じていました。
思えば、その頃から達観した可愛げのない子供だったと思います(笑)

母の新婚生活~近所の目~

母は結婚をしても、専門学校の助手をしていました。

母の先輩はこのまま、助手をあと1年続けたら、教師として推薦をしてくれると言っていました。
だからこそ、「教師を続けていい」というこの結婚を賛成してくれていました。
母の担当するクラスは週3日。
朝8時半に家を出れば十時からの授業に間に合います。
結婚前からそれは伝えてありました。
双方それは納得していました。詳しくはこちらw

授業のある朝、その日母はとても一人では持てない教材を持って学校に行く日でした。
父は自分のトラックに一緒に乗っていこうと提案をしてくれていました。
しかし、出かける寸前に亡者ババに何故かその日に限って色々家のことを指示されて同じタイミングで家を出ることが出来ませんでした。しかもバスも行ってしまいました。
母は、やむを得ずタクシーに駅まで乗り込みました。

帰宅をしたとき・・・亡者ババが仁王立ちで待っていました。

「あなた、何様?!」

第一声がこれでした。母はポカーンΣ(゚Д゚)でした。

「ご近所に恥かしい真似しないで頂戴!」

亡者ババはそういい捨てると、台所に消えました。
母は何のことか分からず、立ち尽くしたそうです。
そこに、父の弟、色黒が小さな声で

「義姉さん、タクシーつかったでしょ?それだよ」


と教えてくれました。
元々は、毎週3日は授業で出かける、朝は8時半に出ると前々から言っていたのに
亡者ババがそれを許してくれなかったから、バスに乗れず、送ってももらえず、
仕方なしにタクシーを使ったのです。
しかし、そこは嫁。
母は黙って耐え、もう一度亡者ババに謝りにいきました。

次の出勤日、母はいつもより早い時間に起き家のこと全てを済ませ用意万端で出かけました。
その日は授業が早く終わり、いつもより早い電車とバスで帰宅をしました。
いざ家に入ろうとしたとき、中からご近所さんと亡者ババの声がしました。

亡者ババ「本当にうちの嫁は生意気で(-""-;)」
近所A「サチ(母)さん派手だもんねぇ」
亡者ババ「働いてるって言ってなにしてるんだかだわ!」
近所B「でも、しっかりしたお嫁さんじゃないの?」
亡者ババ「全然!!親のしつけの一つもできてないのよ?」
近所一同「そうなのー」
亡者ババ「今日だって、家の事何一つせず出て行くんだから!」

母は、悲しいより怒りが湧き出るのを感じました。
朝早くにおきて、炊事洗濯。掃除に昼ごはんの支度。
全てを完璧にこなして出て行ったのに・・・

これが姑か・・・


母は、改めて肝をすえてこの家で頑張らなければと誓いました。

母の結婚生活~不信の種~

新婚旅行から帰宅して、改めて新しい家族に挨拶をした母。
その日は何事もなく、新しい二階の2人の部屋に入りました。

我が家は当時、一階の一部が会社になっていて中央に土間、台所。風呂。
トイレは庭に水洗トイレ。
一階には、居間ともう二部屋。
その一部屋に、父の妹のネネコ。
隣接して、隣の家が車庫とその2階に亡者ジジ、ババ。
父の弟、色黒、色白。
そして職人さんが住んでいました。
大所帯です。
その中で、新婚の母達に二階全てを渡すというまあある意味考慮もあった模様です。

母が異変に気がついたのは、新婚旅行から帰省した夜でした。
タンスに綺麗にしまってあったはずの

衣服の場所が違う。

最初は記憶違いかと思い、ほかのタンスも見ました。

やはり少しずつ違う気がする。
たたみ方も違う気がする・・・


まあ気のせいだと思おうとその夜は寝ました。

次の朝。亡者ババに朝の挨拶をすると

「サチさん、その服もだけどほかの服も派手じゃない?高いんでしょ?」

といきなり言われました。
ピンとこなかった母は、昨日旅行から帰ってきたときの服のことかと思い

「すみません、派手ですか?自分で作ったんですが・・・」

とまずは謝罪。そこに近所のおばちゃんがたまたま乱入。
(田舎ではよくある「おかずのおすそ分け」で朝から来客がある家でした)

「サチさんおはようー^^お洋服素敵ねぇ。あれ高いんでしょ?」

母の頭は「?」でいっぱいになりました。
この人とは、昨日はあってないのに「あれ」って「どれ」?
そして思い当たったのがタンスの洋服の微妙な位置の違い。

旅行中にタンスの中を勝手に見たんだ!!

母は蒼白になりました。
だって下着だってあるんです。
身内だけならともかく、近所の人までみたんです。
母は恥ずかしくて泣きそうになったそうです。
しかし、見た目は気の強い母。

「いえ、全て手作りです。購入してはいません^^」

とにこやかに返しました。
母が最初に芽生えた、亡者ババとの不審の種でした。

母の結婚~新婚旅行~

父と母が結婚をして、新婚旅行は


雨の長崎(笑)雨

母は初めての飛行機(プロペラ)でテンションダウン

しかし、父の優しさは不器用ながら通じていたみたいです。


旅館(旅館なんですよ旅館(笑))で父はお風呂から戻ってきた母に

黙って小さな箱を渡しました。

母は「?」ってなりつつ父を見ると


「結婚指輪しかあげれなかったし・・・」


母は箱をあけると、小さな指輪が入っていました。


「お見合いしたあとから、少しずつ貯金して買ったんだけど・・・」


父はモジモジとしていたそうです。


「僕の自由に出来るお金の中で貯金をしたから安いものしか買えなくて」


本当に安い小さな指輪でした。


「一緒に生きていこうね」


この不器用な父に母はついていこうって思ったそうです。