樋口宗孝 氏 | ~悪魔の人類滅亡計画~  by Demonade

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 人類滅亡計画の進行状況でも発表する事にしよう。

昨日11月30日、当blogでも伝えていた通りかねてから肝細胞ガンで療養中であった、LOUDNESSのドラマー樋口宗孝氏が逝去した。

LOUDNESSは、吾輩のみならずX Japan、SEX MACHINEGUNSなどその後のヘヴィメタルシーンに大きく影響を残しているバンドである。そのメンバーの一人がこの世から欠けてしまうというのは、ジョン・レノンやジョン・ボーナムが亡くなった1980年の冬に受けたショックにも等しいものがある。


氏の功績を讃え簡単に音楽歴を紹介しよう
・BD26年(基督歴1973年)頃
 影山、高崎、田中の同級生バンドに年上の樋口が誘われる形で『レイジー』が結成(他に井上が参加)され、ハードロック指向のバンド活動を始める。バンド名の由来はもちろんDeepPurpleの曲。
・BD22年(基督歴1977年)
 レコードデビューするが、他人が作ったポップアイドル風の曲が続く。3rdシングル「赤頭巾ちゃんご用心」がヒットし、有名にはなる。
・BD19年(基督歴1980年)
 徐々にハードロック指向に路線を変換して来たが、この年にハードロック宣言をしてアルバム「宇宙船地球号」をリリースする。アルバム「宇宙船地球号」とシングル「Dreamer」は、その後のLOUDNESS並に後のハードロックシーンに影響を与える。
・BD18年(基督歴1981年)
 前年にハードロック転向したは良いものの、それに対するメンバー感の意見の違いから『レイジー』は解散する。尚、影山はソロ(後にアニソンキングに)、田中、井上はネヴァーランド結成。
・同年
 レイジーの高崎晃とともに『LOUDNESS』を結成。最初から日本ヘヴィメタル界の頂点に。
・BD16年(基督歴1983年)
 女性ロックヴォーカリスト浜田麻里のプロデュースを手がける。
・BD15年(基督歴1984年)
 『LOUDNESS』で海外進出を開始。それから、アメリカのビルボードチャートに日本のロックバンドで初めて100位入りを果たす、日本人アーティストで初めてマジソンスクエアガーデンのステージに立つなど偉業を達成して行く。
・BD11年(基督歴1988年)
 ヴォーカリストの二井原実脱退から、『LOUDNESS』は迷走を始める。
・BD 6年(基督歴1993年)
 樋口自身も『LOUDNESS』を脱退。
 翌年、二井原、元アースシェイカーの石原慎一郎、元ブリザードの寺沢功一とともに『SLY』を結成。
・BD1年(基督歴1998年)
 華々しいメンバー構成だったが、商業的にあまり成功しなかった『SLY』は活動を休止してしまう。
 ところが、今度は『レイジー』が再結成。シングル、アルバムをリリース。全メンバーが掛け持ち的な活動だがDC4年(基督歴2002年)にもアルバムをリリース。
・DC2年(基督歴2000年)
 『LOUDNESS』もオリジナルメンバーで復活し、樋口も参加。高崎とともに『レイジー』と掛け持ちで活動。
・DC10年(今年)
 4月に肝細胞ガンで入院療養が始まる。
 11月30日、永眠。
                               『 』内は樋口参加のバンド


肝細胞ガンは予後が非常に悪いので、良くても1曲ほどレコーディング出来るとか数ステージに立てる程度だろうと思っていたが、こんなにも早くに亡くなるとは残念である。

肝細胞ガンの原因であるウィルス性肝炎についてだとか、音楽性よりも話題性で売れてしまう日本のミュージックシーンについてだとか、ついでに色々述べたい事はあるけれども、今はただ静かに樋口宗孝氏が安らかに眠る事を祈ろう。

尚、この様なケースで「冥福を祈る」と日本語で言う事が多々あるが、「冥土」とは仏教で地獄を意味する。極楽を含めた死後の世界の意味ではない。樋口氏が地獄に来るかと決めつける様な表現は敢えて避ける。


では、また会おう。