今回から4回にわたって、グライスという哲学者が言っている、会話の仕組みとそこから出てくる裏の意味(これは、はっきりと言われていないので「言外の意味」です)について考えていきます。

 

まず、レジュメの2節冒頭の部分を見ていきましょう。

 

2. グライスの協調の原理
◆言内の意味と言外の意味
(4) ことばに「言外の意味」(あるいは、「裏の意味」とか「含み」など)があることは、経験的な事実である。[…]金を貸した相手に返済を迫っても、「そのうちに」としか答えてくれなかったら、相手は返済する気がないものと思わなければならない。
こうした日常経験からわかることは、私たちの行なうコミュニケーションでは、「コンテクスト」(もしくは「文脈」)(context)が重要な役割を演じており、「言内の意味」のほかに、「言外の意味」があるということである。「言外の意味」とは、明言されていないのにもかかわらず、プラスαとして伝えられる意味を指す。会話は、特定の場面で、特定の人を相手に行なわれる相互行為(interaction)である。そこでは話の目的や方向性が共有されている。「言外の意味」は、その共有された目的や方向性が基盤となって、生み出されると考えられる。[…]
言外の意味を初めて本格的に解明したのは、哲学者グライス(Grice)であった。グライスは、1967年に、ハーバード大学の「ウィリアム・ジェームズ記念講演」で、“Logic and Conversation”(「論理と会話」)と題する講演をし、その中で、「言外の意味」を「会話的推意」(conversational implicature)として提示した。‘implicature’はあまり聞き慣れない語であるが、動詞implicateから作られた語であろう。implicateの語源は、im-「中に」+plicare「折る、曲げる」からできており、「(意味を)折り込む」が原義である。

 (小泉(編) 2001: 35, 36)
 

まずですね、言葉には「裏の意味」とか「含み」があるというのはみなさんいいですよね?

 

例えば、レジュメで引用した本にも書いてあるように、お金を貸した相手に「いつ返してくれるの?」と訊ねたとき、相手が「そのうち返すよ」と言ったら、みなさんはどうしますか?

 

「そのうち」っていうのはね、明確な期限を情報として含んでいない言葉なんですよ。ということは、相手は返済期限を明確に示すことができない、つまり明確な返済期限を考えていない、なあなあで誤魔化しているうちに、お金を貸したあなたも貸したことを忘れて、返さなくて済むんじゃないかって期待していることが、裏の意味として読み取れるわけです。

 

要は、はっきり言いたくないことはね、人間って言わないんですよ。「返す気なんてさらさらないよ」という本音を言うのは、お金を借りた相手としては後ろめたいですよね。だから、どうにか誤魔化そうとするわけです。それで、「明言されていないのにもかかわらず、プラスαとして伝えられる意味」の出番となるわけです。図解するとこんな風になります。

 

じゃあ、こういう意味ってどこから出てくるのでしょうか。ちょっとここで第1回目で見た推論を含んだモデルを見直してみましょう。

 

ここで、推論とか参照の→が引いてありますよね。ここで、共通の基盤と書いてある部分が「話の目的や方向性が共有されている」と上の引用にある部分なんです。

 

つまり、人同士が話をしている場合、ふつう話し手(送り手)も聞き手(受け手)も何の話をしているのか分かって話をしていますよね。

 

そして、それを参照しつつ、その場で起こっていることや、相手の意図していそうなことから、何かを推論しながら、「その共有された目的や方向性が基盤となって、生み出される」「言外の意味」を人は導き出すんです。

 

それでね、この「言外の意味」は、語用論と呼ばれる言語学の専門分野では「会話的推意」(conversational implicature)って呼ぶんですよ。

 

で、それが生み出される仕組みを、4つの公理(maxim)(これはもっと専門的に「格率(かくりつ)」と訳すこともあります)によって整理して説明したのが、グライスという哲学者なのです。彼が述べたことを、クルーズという人が書いた入門書を引用して説明していきます。

 

◆話の目的や方向性が共有されているとはどういうことか→会話には暗黙のルールがある
(5) 典型的な会話は一般的な目的または方向とでもいうべき性質を備えており、参与者たちの発言は明瞭な形でお互いに関連していると同時に会話全体としての目的にも関連している。会話に参与するというまさにそのことによって、暗黙のうちに話し手は自分がその共同活動において規則を遵守して協調することに合意しているといわば合図している。会話の参与者が暗黙のうちに是認していることを、グライスはふるまいの規則として次のように言い表している: (クルーズ 2012: 517)

 

これはいいですか?要は、会話っていうのは和を乱さない共同活動みたいなもんだということです。もし会話の流れに逆らったことを発言したり、関係ないことを言ったりしたら、会話がギクシャクして成り立たなくなっちゃいますよね。

 

だからみんな、その時の話の流れ(みんなで集まる約束をしているのか、会議で営業方針を決めるため話し合っているのかといった会話の目的や方向性ですね)に合わせて話をすることが、「暗黙の合意」になっているんです。

 

グライスが言っているのは、めっちゃ当たり前のことなんですけど、学問では言い出した人の名前が、そういう原理などの名前になりますので、以下で示す原理には彼の名前が付いています。

 

◆これはグライスの協調の原則[原理]と呼ばれている
(6) The Cooperative Principle: Make your conversational contribution such as is required, at the stage at which it occurs, by the accepted purpose or direction of the talk exchange in which you are engaged.
協調の原則(the cooperative principle):自分が参与しているやりとりにおいては、そこで受け入れられている目的や方向によってその時点で要請されることにあわせて発言せよ。

(Cruse 2011: 417、クルーズ 2012: 518)

 

これはさっきのことをちょっと難しく言っただけだとわかりますよね。では次に進みます。グライスはこの大雑把な指針みたいなものを、さらに4つに分けているんです。

 

◇「協調の原則」はさらに「質」「量」「関係」「様態」の4つの下位原則から成り立っている
◇この下位原則をグライスはmaximと呼んでおり、「公理」「格率」などと日本語訳されている
◇今回は、4つのうち、「質の公理[格率]」に着目する

 

簡単に言うと、

・「質」は嘘、大げさ、あやふやなことを言ってはいけない

・「量」は必要以上のことをダラダラ言ったらダメだけど、必要なことは全部言わなきゃいけない

・「関係」は関係のあることを言わなきゃいけない(関係ないことを言っちゃダメ)

・「様態」はわかりやすく言わなきゃいけない

ということですが、今回は「質」について見ていきます。

 

でね、本論に入る前に、こういう公理を守らなかったらどんなことになるのかという例を挙げている本がありますので、その例をちょっと見てみましょう。

 

◆そもそも協調の原則を守らないと、意味不明の会話になる
(7) …たとえ気軽な会話においても、会話をする目的がいくつかあるのがふつうで、会話に加わっている者は、それぞれお互いがその目的を助長する形でふるまうはずである。したがって、ごく気軽な会話でも、次のようなでたらめの文からできているわけではない。
Kim: How are you today?
Sandy: Oh, Harrisburg is the capital of Pennsylvania.
Gail: Really? I thought the weather would be warmer.
Mickey: Well, in my opinion, the soup could have used a little more salt.
キム:今日はご機嫌いかがですか。
サンディ:あら、ハリスバーグはペンシルベニア州の州都よ。
ゲイル:そうかい。暖かくなるのかと思ってたよ。
ミッキー:そうだなあ、ぼくの意見では、スープにもう少し塩をいれたらよかったんじゃないか。

(オハイオ州立大学言語学科(編) 1999: 152)

 

どうですか、この噛み合ってない意味不明の会話www

 

全員が相手の言ったことと関係のないことを言っていて、相手の言ったことに応答するのに必要なだけの情報を与えていないことがわかりますね。

 

こうならないように、みなさんは無意識に、グライスの協調の原理に従った会話をしているんです。

 

それでは質の公理から以下で見ていきましょう。