お立ち寄りくださりありがとうございます。

母・ヒデコについていいなぁと思うことや

いろいろとごきげんに過ごせる工夫を探して

まとめていこうと思っています。

※私は2020年に右目が見えなくなりました。

そこから学んだこと、気づいたことについても

触れていこうと思っています。




先日
母ヒデコが40年に渡って指導をしてきた
自分の日本舞踊教室を閉じました。

ヒデコと日舞とのこれまでを
少々長くなりますが
ここに残しておこうと思います照れ






ヒデコの亡き母、私の祖母も

日舞を趣味としていました。


芸事は6歳の6月6日に始めるのが良い

とのことで、ヒデコは6歳から日舞を習い

始めました。


書道も同じ頃から始めて

23歳の年に花柳流の名取となり

書道の免状も取得しました。


この年は会社に行ってから、踊りの練習

そして夜遅くに習字の練習と

毎日がヘトヘトだったと振り返ります😌








私や姉が小さい頃の十年ほどは

父の転勤などもあって

日舞から離れた時期もありましたが


その間は習字教室を開いて子供たちに

習字を教えていました。


終の住処となりそうな今の家に住み始めた

40年ほど前に本格的に日舞を再スタートし


自分も師匠について習いながら

生徒さんを集めて公民館で

日舞を教え始めました。







この頃からヒデコの毎日が

日舞と共にあることが

私たち家族の当たり前になっていきました。


会によってはヒデコが筆をとり

看板や演目を書いたり

頼まれることもあって


ヒデコのスキルを

フル活用していました。


踊りの会の準備となると

私も忙しくなりました。


パンフレットや挨拶文を

パソコンで作ったり


お礼の品の準備やお弁当の手配に

一緒に頭を悩ませたり


会がある時の受付や案内係も

姉と2人で数多くやりました。









娘の私が言うのも何ですが

舞台のヒデコは光を発したような

オーラがあって


ヒデコの舞台を見ることは

楽しみの1つでもありました。


演目「鷺娘」の狂いのシーンを演じた

妖艶なヒデコには、鳥肌が立ったことを

くっきりと覚えています。


私自身も少しの間

稽古をして2回ほど舞台を経験させて

もらいましたが


見るのとやるのでは全然違って

手順を覚えるのも一苦労煽り


さらに指先や目線にまで

神経を使って表現するのは


ちょっとやそっとでは

できないことだと思い知りましたネガティブ


ヒデコは途中、膝の手術をしたこともあり

歳を取るにつれてだんだんと


舞台で動けなくならないかな?

手順が抜けないかな?


などと

少しだけ舞台に立つことを知ってる私が


ハラハラと心配になってきたのも

事実です。




この写真だけ私 良い思い出ですニコニコ





先月40年の歩みを振り返りながら

教室最後の日を迎えました。


長年通った公民館の館長さんや

受付の方たち。


この方たちも長年温かく

ヒデコを支えてくださいました。


国立劇場の舞台や

有楽町での水彩画の個展にまで

足を運んでくれて


この教室を閉じることを

惜しんでくださいました。


40年間ヒデコの元で頑張ってきた

生徒さんたちも皆歳をとってきて


これが潮時っていうんだなと

みんな納得の良い形で最後の日を

迎えることができました。








師匠の元を離れ

自分の教室を閉めて


ヒデコの76年にも渡る

日本舞踊のある生活が終わりました。


ヒデコは後ろ髪を引かれることもなく

カラッとしていて


「舞台で踊っていた光景よりも

 舞台裏の楽屋を走り回って

 忙しく動いていた時間が思い出されるの照れ


 着物も帯も全部要らなくなったなー」


と今、思うことと同時に


「やりたいと思うことは

 だいたいやってこれたかな。

 いい人生だったなって思うおやすみ」


と自身の人生にあまり悔いは無いことを

話してくれました。




作 ヒデコ



今までもずっとそうだったのですが


大舞台を終えたあとも

燃え尽きた感じでもなく


満足感で悦に入って

浸っているわけでもなく


翌日からはまたいつものリズムに

戻っていました歩く


感情はエネルギーで、満足感でさえ

エネルギーを消耗すると聞きました。


ヒデコは自分のエネルギーを上手に

使ってきたのだろうなと思います。


私の方がもうサポートすることも

見ることもなくなったぽっかりとした

気持ちで寂しく思ってしまうのですが…笑い泣き


今後は趣味の水彩画に

全振りしていくようです。


自分の人生は

自分で磨くもの


ヒデコを見て本当にそう思います。

私もまだ50代。

磨く時間はまだまだあるはずウインク


ヒデコのように


「いい人生だったな」


と元気で生きてるうちに言える

自分を目指したいと思います照れ


ヒデコ40年お疲れ様でした生ビール




↓ヒデコはお金も上手に使ってきました




↓姉が我が家のわんこ福ちゃんをモデルに描いた絵本です。

 よかったら読んでみてくださいね


↓姉の息子、甥っ子の楽曲。

 よかったら聴いてみてくださいね

DEAR HERO