宝瓶宮 29.惜しまぬなら捨てるがいい

―1月29日―

ならば捨てるがいい、と男は言った。
「惜しまぬなら捨てるがいい。どのみち復讐を終えた貴様には未来への希望などないだろう。」
ああ、その通りだ。私は復讐を終えた後のことまで考えていなかった。
ただ、両親の所へ行ければそれでいいと思っていたのだ。
元々は、この男と刺し違えるつもりだったから。
あれから五年を費やし、私はようやく復讐の機会を得た。
レオンに簡単な中の使い方を教わり、あの男の行動を細かく観察し、復讐を遂げる絶好のチャンスとして彼が主催するパーティーへの潜入を果たした。
全てレオンのお陰だ、彼には感謝しなければ。
けれど少しだけ済まなく思っていることもある。復讐を遂げたら自ら命を絶つつもりでいることだ。
彼は私の死を知って悲しむだろうか。悲しみはしなくとも、きっと怒るだろう。
―――復讐を遂げたら死ぬなんて馬鹿な真似だけはするな、と、常日頃から言っていた彼のことだから。
「おい」
そんな風につらつらと考えていた隙が命取りになった。
「随分隙だらけだな。」
倒れた男をまたぐようにして立っていた私は、腹を蹴り上げられて倒れ込んだ。
眼前に黒光りする銃口が憑きつけられる。今度は私が見下ろされる番だった。
ああ、あの時と同じだ、と思いながらも、体は自然と動いていた。
素早く足払いをかけ、手を取って拳銃を奪い取ろうとする。男は抵抗してなかなか中を手放そうとしなかったが、それでも私は賢明に組みついた。
それにしても何という握力だろう、大分年を取っているというのに力だけはまだあるのか。
手だって、こんなに痩せ細って、血管が浮き上がるくらいなのに―――
「……?」
異変に気付いたのはその時だった。
男の手の甲に浮かび上がっていた青黒い血管の色が、急に薄くなって見えたのだ。
目の錯覚だろうか?
―――違う。本当に、血管の色が薄くなっている。
血管は中に通っている血の色が透けているから色がついて見えている。その血管の色が、薄くなっている、ということは―――
「…! ……、………!!」
近くでくぐもった声が聞こえる。ごぼごぼと音がする。水の中で溺れているような音だ。
おかしいな、水のない場所で溺れるなんて―――
バタバタと暴れる音がする。振り返るとあの男が苦しがっていた。手を高く掲げて苦しげにもがいている。まるで海で溺れている人の様に。

男は私が見ている前でしばらく暴れて、そして、動かなくなった。
一体何が起こったのか、私には何もわからなかった。