巨蟹宮 27.防焔性能

―6月27日―

26日の夜、私は東京へ戻った。
仕事はまだ残っている。だが、私を東京へと呼び戻した電話は急を要するものだった。
私の家が、空き巣に荒らされたのだという。
誰があんな貧相な家を好き好んで荒らしたのだろう、下着が盗られていなければいいけれど――などと甘いことを考えながら急遽東京の自宅へ戻った私を待ち受けていたのは。
「小火(ぼや)を起こしたんだとよ。」
苦々しい顔をした仲間と、真っ黒焦げになった台所の壁だった。
「誰が」
「空き巣だよ。何を思ったのか知らねえが、ここで小火を起こしたみたいでな。
 警察が来た時にはもうこうなってた。」
ああ、そう。と気のない返事をして、私は玲緒からあらかたの事情を聴いた。
金品の類や衣服は盗まれていないが、その代わりにある部屋の机から何かを盗んだ形跡があったのだという。
「机に一つだけ鍵付きの引出しがあったんだけど、それがこじ開けられて外に放り出されてた。中は空っぽになってたよ。」
「それって――」
その机がどの部屋にある物か、何が盗まれたのか。私はすぐさま悟った。
――盗まれたのは、私が作った切り絵だ。

「何だって切り絵なんか…」
「私にもわからないわよ」
空になった引出しを前に、私と玲緒は立ち尽くしていた。
「私の作品を盗もうなんてする人は思い当たらないし、そもそもそこまで妬まれる覚えもないわ。」
「…ああ。」
ドライバーか何かを突き立てられたのだろう、鍵穴はギザギザに傷つき変形していた。
引出しの中に入れていた、切り絵を保存しておくためのファイル。それがすべてなくなっている。
一体誰が、何の目的で、切り絵を盗っていったのだろう。
私には想像もつかなかった。

「それは…大変だったね。」
翌朝、簡単な事情聴取を済ませた私はすぐさま京都へ戻った。
どこか手近な店で朝ご飯を食べよう、そう思って京都駅の中にある喫茶店に入った私は、そこで偶然にも刈木と会い、そして自宅が空き巣にあったことを彼に話したのだ。
「でも、盗まれたのが金品とかじゃなくてよかった。そもそも私、そこまで高価なものは持ってないですしね。」
「アクセサリーとかも?」
「ええ。あんまり欲しいって思いませんから。」
私はお金を使うのが苦手だった。
父の借金の一件があるせいか、私はどうも金を使うことに少し恐怖を抱いているらしい。
高額なものを買って後で後悔するくらいなら…と思って金を使わずにいた結果、私の今の預金残高は大変な額に膨れ上がっている。
「それにしても、台所で小火が起きたなんて大変だったね。」
「うん。そこがね…。壁紙からコンロから、全部替えないといけないかも。当分自炊は無理でしょうね。」
キッチンを使おうとした泥棒は、小火が起きた時水をかけて火を消し止めたらしい。
それに加えて台所に取り付けていたガス警報器が作動したことと勝手口の窓に防炎カーテンをかけていたことも幸いし、火はそれほど大きくならないうちに消し止められたようだった。
「うちのキッチン、防焔性能だけはしっかりしているんですよね。」
今度は防犯性能の方もしっかりさせよう。
私はそう思ってため息をついた。