双児宮 30.偶然でなきゃいけない話

―5月30日―

それは、偶然でなきゃいけない話だった。

最初、何が起きているのかわからなかった。
いつものように実験へ引っ立てて行くはずだった男が突然エビぞりに仰け反って倒れ、その向こうから光り輝くような金色が見えた。
私も兄も、突然の出来事に驚いて動けなかった。
それほどまでに、目の前の少女は神々しく見えたのだ。

金色。

そう、その子の髪は金色をしていた。
脱色した金髪ではない、天然の金髪。
倒れた男の向こうから現れたのは、綺麗な金色の髪を持つ少女だった。
「……やっぱり」
少女が何か呟く。彼女も、私達を見て驚いた顔をしていた。
「立てますか?」
我に返った時、金髪の少女は私達のすぐそばまで来ていた。
私達が訊きかえそうとするより先に、
「ここから逃げましょう。立てますか?」
少女はまた言った。
そして――私達は少し遅れて、耳を疑った。
今この子は何て言った?
「ここから逃げる」?
まさか――こんな華奢な少女が、私達兄妹を助けに来たというのか?
そんな馬鹿な、と思っている間に、少女が私達の手を握った。
すべすべした、温かい手だった。
「私は、ある人から貴方達を助けてほしいと依頼を受けました。
 貴方達はここから出て、その人に保護してもらってください。
 私と一緒に、ここから逃げましょう。少し離れたところで依頼者が貴方達を待っています。」
少女の顔はとても真剣だった。嘘をついているようには見えなかった。
その、透きとおった目を見つめ返しているうち、私ははたと気づいた。
――私は、この子を前にどこかで見たことがある。この子は誰かに似ている。
似ている?
いや、違う。「似ている」んじゃない!
顔立ちも、髪の色もあの時とは違う。だけど、この子は紛れもなく――
ああ、こんな偶然があるだろうか!?
そう。偶然でなきゃいけない。
そうでなければ説明がつかない。
幼い頃、自分達の前に現れた少女が、自分達を救いに来た。
『今の苦しみを乗り越えようと頑張るのよ。
 そうすれば、いつか誰かが貴方達に救いの手を差し伸べてくれる。
 それが、本来あるべき運命よ。』
いつかシスターが兄や私に語って聞かせた言葉が頭をよぎる。
これが運命だというのか。こうなる運命だったというのか。
まさか、そんな――
「行きますよ!」
少女がぐっと手を握り、強く呼びかける。
私と兄は顔を見合わせ、次の瞬間迷うことなくベッドから立ち上がり、少女に手を引かれるまま歩き出した。

これは、偶然でなきゃいけない話。
幼い頃に出会った友達が、偶然私達を助けに来た。それだけの話。
けれど、これが運命だというなら――
私はその時少しだけ、今まで呪っていた運命に感謝した。

―――

「あれって、本当に偶然だったのかしら」
あれから一年と二か月が過ぎた日、私はふっと兄に言った。
「ん? 何だって?」
「スミレちゃんが私達を助けに来たのって、本当に偶然だったのかしら。」
「…さあな」
兄は少し間を置いて言った。
何も言わないけど、私にはわかる。
兄もきっと、同じことを考えていたんだろう。
――これが偶然などではないと。