「今日で世界が終わるって、本当かな?」
その唐突な言葉に、レーヴァは口に含んでいたカクテルを盛大に噴き出した。


一日の仕事が終わり、レティの提案で銭湯に足を運んだ帰り道のことだった。
「レーヴァ、さっきからどうしたの? 腕の匂いなんか気にして。」
「ん、いや、なんか柚子の匂いが残ってるなと思って…」
全身から瑞々しい柚子の香りを漂わせているのはレーヴァだけでなく、隣を歩くレティも同じだった。
冬至のこの日、銭湯では冬至の風習の一つである柚子湯を行っていたのだ。
「でもいいじゃん、いい匂いなんだし。」
「そうだな。しかしえらい香りの強い柚子だな。」
「そういう種類なんじゃない?」
と、隣を歩いていたレティが「あ、そうだ。」と思い出したように声を上げる。
「レーヴァ、ヴァンデミエールのバー寄っていかない?」
「いいけど、どうしたんだ?」
「俺、昨日ヴァンデミエールの店のチラシ貰ってたんだ。今日、冬至に合わせて一日限定メニュー出すんだって。」
「おお、マジで? じゃあ行くか!」
と、こんな感じで二人は一路知人のヴァンデミエールが経営するバーへと足を向けたのだった。

「お待たせいたしました。パンプキンパイと『ディセンバー21』です。」
バーに着いた二人の前に差し出されたのは、カボチャのパイと甘酸っぱい香りが漂うカクテル。
覚えのあるその香りに、二人はあっと声を上げた。
「これ、もしかして柚子使ってる?」
「ご名答です。今日は冬至ですから、それに合わせて柚子のカクテルを作ってみたんです。…といっても、ソルティドッグに入れる果物をグレープフルーツから柚子に変えて塩を除いただけなんですけどね。」
「へー、でもいいねえこれ。レーヴァ、早く飲もうよ。」
レティに急かされ、レーヴァはヴァンデミエールが「ごゆっくりどうぞ」と席を離れるのと同時にグラスを手に取った。

それから二人は柚子のカクテルを楽しみ、パンプキンパイに舌鼓を打ち、このささやかな酒宴を楽しんでいた。
その最中のことだった。
「あ、そうだ。」
「何だ? どうした」
「俺、聞いたんだけどさ。」
レティがとんでもない言葉を口にしたのは。
「今日で世界が終わるって、本当かな?」

「何バカなこと言ってんだ! 全く、噴いちまったじゃねえか! ああーっと、何だっけ。このカクテル…」
「ディセンバー21」
「一々ありがとよ!」
ぶつくさ言いつつ、シャツを拭き終えたレーヴァは一つ溜息を吐く。
「あのな、今日で世界が終わるって、そんな馬鹿みたいなことあり得ると思ってんのか?」
「思ってないよ。」
「そうか…って、おいッ!」
「ごめんごめん。こないだ出た番組でマヤの予言ってのが話題になっててさ。そこで耳に挟んだんだ。」
「…あのなレティ。そりゃあれだろ、マヤのカレンダーが西暦2012年12月21日で終わってるからその日で世界が終わるって迷信が広がったっていう奴だろ?」
「うん。そのおかげでマヤ文明があった国は観光客が増えてるらしいね。」
「んなこたァどうでもいいよ。お前、何でいきなりそんなこと言い出したんだ?」
「いや、ちょっと思い出したから。」
「んな理由でとんでもないこと言うなッ!」
「ごめんってばー。」
噛みつかんばかりのレーヴァを制し、レティは「あ、そうそう」とまたも思い出したように言った。
「今度は何だ。」
「さっきの話で思い出したんだけどさ。フランスのどっかに、マヤの予言を回避できる場所があるんだって。」
「…それで?」
「マヤの予言を信じてる人達が其処に退去して押しかけてるらしいよ。」
「…アホくさ。」
「でしょ? いつぞやの『リンゴ送れC』事件みたいだよね。」
「おい、お前それは…」
言い過ぎじゃないのか、と言う前にレティはテーブルに置いてあったグラスを手に取って言った。
「この場合は、冬至なだけに『柚子送れC』って言った方がいいかもね。」
にひひ、と笑うレティに呆れ返ったレーヴァは、カウンターの向こうに見えるヴァンデミエールに声を掛ける。
「ヴァンデ! こういうしょうもない話する奴って何かムカついてこないか?」
カウンターの向こうに見えるヴァンデミエールの背中は、何故だか小刻みに震えているように見えた。

Das Ende.

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「リンゴ送れC」に関しては各自検索してください。