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いつもと何ら変わりなかった。身支度をして、7時に家を出た。
この季節はまだ薄暗い時間。でも、学校まで歩いて40分かかる。
友達と朝のお喋りをする時間もほしいし。この時間に出るのが妥当。
赤いマフラーは目立って少し恥ずかしかったけど、昔お母さんが残して行ってくれたもの。あったかい色が好きだから。
この寒い日。息は、はーっと吐くよりも、ほーっと吐いた方が、白くなりやすい。別に、白くなった息を見たって面白くもなんともないんだけれども、冬だけの特別な風景。夏には見られないものだから、見飽きるまで見ておこうと思った。
少し通りを歩いていると、
車道のど真ん中で、ネコが死んでいた。
車に引かれてしまったのか、ぱっくり割れた背中から、ピンク色のぐちゃぐちゃの何かに絡まった赤いものを覗かせていた。
顔は見えなかった。
私は忘れようと目を背けた。
その背けた先に、
あなたがいた。
「ナナ?ここでなぁにしてるの?」
あなたは私の顔をニコニコと覗いた。いつもの笑顔。こんなところであなたに会うはずはない。だって、あなたはいつもあなたの弟と登校してくるのだもの。
そこでやっと気がついた。
これは夢。悪い夢を私は見ているのだと。
わたしは後ずさりできなかった。かかとにはぴっとりと、あのネコの背中から出たものがついていたから。まるでわたしをせき止めるかのごとく、わたしの背後にはネコのしたいが沢山転がっていた。でも、不思議と怖くなかった。あなたと普通に話せる気がした。
「・・・わたしは悪い夢を見てるのね」
「う~んと・・・まあそうだね。早く起きなよ。それと・・・クマがひどいよ?どうしたの?」
「えへへ・・・緊張して、上手く眠れなくって」
わたしはあなたの手をとった。
わたしは懐かしいリビングにいた。
お母さんが買ってくれた、白と薄いピンクのながーいスカートのネグリジェ。リビングのベランダからは、綺麗な海とわたしの街。
テーブルにはお母さんとお父さんが、いつものようにコーヒーを飲んで、新聞を指差してお喋りをしていた。
わたしはいつものようにその中に混ざろうと、お母さんの隣に座った。
すると、お母さんがわたしとは反対方向にどさりと倒れた。
脇腹から血を流して、目をぱっちりと開いていた。
次にお父さんが新聞を掴んだまま、どさり。目と目の間から、血が溢れていた。
これもまた、わたしは怖くなかった。
いや、実際にはびっくりはした。でも、何故か怖くなかった。
わたしは自分を見た。血まみれのネグリジェに、血まみれの包丁。足元にはわたしの髪が散らばっていた。
これも怖くない。一度体験した。
「今日は豊作だねぇ・・・いやいや、僕はバクじゃないけどさ。ナナの夢は美味しいなって」
あなたは手のひらくらいのハートの平べったいチョコレートに小さくかぶりついた。そのチョコレートには、色々な種類のナッツと木の実が乗っていた。美味しいのはわたしの夢じゃなくて、そのチョコレートなんじゃないの?
「ちゃんと寝なくちゃ。ほら、女の子の命の時間、夜の・・・何時だっけ?」
「だって、緊張するとどうにも眠れないの・・・ごめんね、そわそわしちゃって」
わたしはあなたの手をとった。
真っ暗闇の中だった。わたしは制服を着ていた。
あなたはすでにわたしのまえに立っていた。
「ナナ・・・これは、ナナが乗り越えなくちゃならないものなんだよ」
「・・・わかってるわ。でも、こんなの治せない」
本当の話。わたしみたいな、精神的な病気、しかも世界に指折りくらいしかいない病気を治すのは無理。わたしだって迷惑してる。
「嫌なのはわかるよ。でも、だからって俺は助けられないんだ。変わってもあげられない。こうやって、無責任にナナを傷付けながら、頑張ってとしか言えない」
「わたしは傷付いてなんかないよ!ただ、」
「この苦しいものから逃げたいんでしょ」
「そう・・・でも、あなたを・・・あ、ぁ・・・ガーナル君・・・ガーナル君を失いたくない、一人は嫌よ、何もできない」
あなたが、ガーナル君がゆっくりと黒に溶け込んで行った。ガーナル君を失いたくない。でも、自然と足は動かなかった。
ガーナル君が目の前から消え去るのが当然かのごとく、わたしは仕方なくそれを見つめている感覚。涙が出そうなのに、出ない。
ガーナル君が、見えなくなった。
「起きてってば」
目が覚めた。わたしは保健室のベッドに横たわっていた。仕切りカーテンがわたし達を包んでいる。ガーナル君の顔が見えた。
最後のチョコレートの欠片を口に放り込みながら、わたしの両肩を揺すっていた。
「体育、無理して出るからだよ。持久走なんて走ったらふらふらになるの目に見えてるでしょ。だから倒れたんだよ。それに・・・今日、放課後デートしたいって言ったの、ナナからだよ」
ガーナル君はいつものようにくくっと笑った。ガーナル君は不思議な人だった。でももう慣れてしまって、夢もチョコレートも暗闇もどうでもよくなってしまった。
「ごめんね、昨夜緊張眠れなくって・・・」
End