戦略とは「捨てる」こと。
水戸未来ミーティングMMMの二回連続が終了しました。
一回目の熊谷俊人千葉市長を招いての回は130名
二回目の堀義人グロービス大学院大学学長を招いての回は200名と
回を重ねるごとに多くの皆さんにお越しを頂き、本当に感謝です。
これらのタウンミーティングの狙いは、
来年四月には市長が必ず変わるというこの局面。これからのまちづくり、市政運営に求められるエッセンスは何かということをとことん追求すること、市民の皆さんとともに考えること。
熊谷市長とは「市政は変わる」をテーマに、人口減少社会にあって市長の交代がもたらす変革とは何かという行政改革を議論しました。
私も熊谷市長も全く同じ認識を示しているのは、もはや右肩上がりの時代ではないこの時代においていったん立ち止まってこれまでの制度や施策を見直すべき時であるということ。実は市の職員の皆さんも同じ危機感を共有していて、でも言い出せずにいる。方向転換ができずにいる。市長が交代した時、まさにその市民の選択による政治の力が強く働いたその瞬間にこそ、切るものを切るそのチャンスなのだということ。
熊谷市長の「選挙のたびに財政が悪化している、すなわちお金を使う約束ばかりして選挙を勝とうとするから」という指摘に、参加者の多くの皆さんがうなずいておられたのは印象的でした。
最後に、市長選のマニフェストについて言及。もちろん支援者からはあれもこれも盛り込めとご指導はいただいたが極めてシンプルに「行財政改革」に限定したとのこと。すべてをそぎ落としメッセージをシンプルにすることが戦略であると語っておられました。
堀義人グロービス大学院大学学長とは「水戸の可能性と戦略」をテーマに、地域主権社会の進展にあたり故郷水戸がどのようなまちづくりを進め都市としての魅力を高めていくべきかについて熱く議論を重ねました。
私のほうからは「水戸の誇り」を市民一人一人が感じ「自慢できる街」とすること。これが目指すべき最終形だし、それが都市再生の最も大事な基盤整備だと話をさせていただきました。
その手法として、他の都市とは違う「水戸らしさ」をとことん追求する。。それは歴史に裏付けされた重いものだとし、「①知の都②水の都③魁の都」として歴史的背景をなぞりながら施策を講じたいと訴えさせていただきました。
具体的には、①千波湖周辺の再整備②学びの空間の提供と人材輩出③公共空間の開放と規制緩和によるチャレンジャー(新規出店や芸術家の卵など)を招き入れる都市づくりを提言しました。この具体的な中身については後日まとめてアップします。
一方、堀義人氏は駅前商店街の衰退を指摘され徹底した中心市街地再生を強く求められました。街の真ん中に活気を集中させることなしに都市の魅力は再生しない、そのために黄門さん通りへの路面電車の再整備市役所本庁舎の移転や365日歩行者天国の実現、現代版「楽市楽座」などの提言でした。そして。あれこれ言わずその一点にすべてを集中せよと訴えられました。
そして併せて私がかねてから訴えている「ストップ人材流出」に関連して、水戸出身で東京や世界で活躍している人たちが、この故郷のためにどんな貢献ができるのかということについても熱く議論をさせていただきました。
これこそ、水戸の街が市民の税金を投じて人づくりに徹底的に取り組む意味でもあるし、世界に貢献しながら故郷を思う人を育むことは水戸の歩んできた歴史からいっても当然求められるべき姿勢であると強く信じています。
すると堀さんからは「水僑」(華僑の水戸版)という言葉が飛び出し、そのリーダーに自らがなられると宣言。大いに会場が沸きました。水戸出身者のネットワークを再整備し、水戸の街にしっかりと繋いでいくこと。このことは僕自身が今最も大事なこととかねがね考えている最も重要なテーマです。たくさんの知恵と経験と人脈を街として使わせてもらう、まさに「民力結集」を故郷再生の起爆剤にしたいと思っていたところですので、まさに思いがい一させていただいた瞬間に心強く思い、思わず小さくガッツポーズをしてしまうほどでした。
堀さんが発信されるメッセージはシンプルで単純。それは、「戦略とは捨てること」という信念に基づかれているものであり、シンプルな訴えを最初から最後まで貫かれておられました。千葉市長が「マニフェストは削ぎ落し」と言っていたことと全く共通します。
この厳しい時代。当然あれもこれもというわけにはいきません。
つまりは
一点突破、全面展開ということなのだと改めて認識した連続タウンミーティングとなりました。
第3回MMMは12月に行えればと思います。テーマは「共に生きる社会を創る」。車椅子バスケットボールの第一人者といてアメリカに武者修行に渡った水戸出身の僕の友人をゲストに招こうと思います。彼の話は、福祉って何かを本気で考えさせられます。