何をしても、そこで色々な事をして楽しみたいと思ってしまう。しかし、物事は楽しみを中心にして進めて行くと、進んでいかない。大切な事を放っておいて、享楽にうつつを描いていると、大切な事を見失う。
いざ、緊急の大変な状態に遭遇すると、もはや甘い事を言っておられない。何も成果を期待出来ない時間の無駄みたいな事をしておれなくなってしまう。
確定申告を間違えたり、間に合わなかったら本当に酷い目にあっていた。その状態では競馬予想なんか甘いぬるま湯の世界のように思えた。競馬で直ぐに1,000万円稼げる保証が無い。しかし、確定申告を誤ると、1,000万円は飛んでいきそうに思えた。
ましてや、平日の南関東のトリプル馬単なんかは夢みたいな話だった。良質の競馬専門紙が得られない状況で、関東の競馬を予想するのは時間の無駄でしかない。中央競馬とは結果が違い過ぎるのだ。準備に3時間、観戦に3時間、更に予想に3時間取ると、完全に時間の浪費になってしまう。そして、事はそれだけで収まらない。時間不足は中央競馬に及び、著書執筆・編集の邪魔になってしまう。
新しく発見した重要な事項を著書に著そうと思っている。何も見ず何も考えず、初めから否定しようと言う悪質な者はどこにでもいる。お前の物なんか認めない等というのは、同級生の中によく見られる。しかし、彼らは何ものも成していない。
人生
かつての悪友から、拙者の人生は素晴らしいものだと言われた。何を知って、何を思って、そう言ってくれるのか、あまり分からなかった。
新任の頃の中学校は、本当に合わなかったし、嫌悪感しか覚えていない。そこにいた古株の教員が、どれも理解出来なかった。美術教員が、制作を一切せず、外車に乗って自慢している。この男にゴマをする技術科のチビなおっさん教員が居て、不愉快な野郎だった。もうタヒんでいるだろう。その学校の教員集団5~8名を色々見ても、拙者は受け入れられていなかった。こいつらが、堂々と抜け抜けと職員室の拙者の椅子で脚の折れた物をあてがう。それでは、職員室におれなかった。そんな場面ばかりだと、毎年の職員旅行なんか行ける訳もない。それで、係が誰が一体何を言ったのかと訝しがる。ボケが!お前らのせいだろう。と思った。
教員集団は、とても感心出来る集団とは思えない。そういう状況を苦にして退職していった者も多い。それを今更、教員志望者が少ないと嘆いても仕方無い事だろう。砂を噛むような気持ちになる現場の悪質は、どれほど言っても言い足りない。怒りや失望に震えた事もあり、それで失敗もしたが、拙者の可能性を誰が否定出来るだろう。あいつらは、拙者が失敗するのを待っていたのだ。それは、管区を変えて違う市町へ行っても一緒だった。教員の悪辣さ・保護者の馬鹿馬鹿しさはどこも一緒である。他の者が諦めて、退職した場合もあるが、退職するくらいなら、憎悪する者を頃しに行っただろう。
若い頃、そんなで絵を描く邪魔ばかりされていた。舞台が変わって、ようやく望見通りに東京へ出品し始めると、結婚祝い金を猫ババする美術教員がいた。絵も売れず、パッとしない美術教員は、そんな調子なのだ。馬鹿馬鹿しくなって、学校でも競馬の研究をするようになった。止めたら負け。逃げると馬鹿馬鹿しい。ただ、給与と退職金・年金貰った者が勝ちだと思うぞ。
動画生成Ai 結構面白いのだ。買うべきかどうか迷っている。
