今日は、昼から画集を発行する準備にとりかかった。約束の数量を送るのに、10冊ずつ送っている。あまり重いと無理がある。
それから麻雀ゲームをしていた。これほど長くやるのは滅多にない。昼の1時くらいから、今に至るまで都合8時間くらいやっていた。中々、痛快な勝ち方が出来ない。麻雀は難しい。中々勝てないと、実際の麻雀だと相手がいるので嫌になってくる。麻雀が自分には何か向いていないと感じる。それは、体力を使うので無理がある。車の運転と同じで、気を抜くと放銃してしまう。眠気が出ても駄目で、気を張り詰めておく必要がある。
その点、競馬だと気を抜いても関係ない。競馬は勝ち方が分かっていないので、体力勝負にはならない。もっと違う方向からの取り組みが必要なので、自分には向いていると思った。何より麻雀と違って長い時間は必要ではない。一瞬の考えだけでも、的中出来る時がある。
麻雀では、場に出ていない牌を捨てると放銃してしまう。それが、中々手が止
まらない。一か八かに賭けるのは、勝ちたいという欲求が強すぎるからである。
学校と絵画
若い頃に麻雀や競馬に手を出して行ったのは、当時務めた中学校で絵を描く事を邪魔ばかりしていた美術教員がいたからである。絵を描かずに美術教員をしている者が、事ある毎に罵倒してくる。それで学校が面白くなくて、どこかに息抜きの場所が必要だった。拙者が何か事故や間違いを犯すまで、しつこく迫害していた。
新聞を賑わせた東須磨小学校の虐め事件を見れば分かるが、あそこで熱心に打ち込むには無理がある。自分の仕事にまともに向かい合わず、他の教員の邪魔ばかりする教員は、実はどこにでもいる。学校という狭い場所にいて、大きな目標の無い平凡な教員は悪口や邪魔ばかりする。
後年、日展の審査員先生から、聞かれた事があった。何故若い時に、もっと早くから出品しなかったのかと。その頃は、学校に邪魔ばかりする余計な教員がいましたとは言えなかった。学校や教員は腐っているのである。
それから6年くらいは、頑張っていたけれども、結局周りは邪魔をする者ばかりであった。描いても楽にはなれず、色々な物を取られていく。また、何もしていない学校の教員は事ある毎に悪口ばかり言っていた。描いても、何も報われず嫌な事ばかりで往生した。そして、年上に先輩にあたる高齢者の連中も、何かと情けない姿ばかり見せるので、やってられなかった。
苦労して描いて貧乏になり、それで何も報われない。周りの喧噪とゴタゴタに嫌気していく。泥棒紛いの絵描きがいて、拙者にまで疑いの目が向かれると、もう無理だったので止める事にした。
金銭的には、止めた事を後悔しない。10号10万円の絵を100枚売っても1,000万円にしならない。100枚も売っている画家等は希な事で、それほど売れないはずである。一生貧乏確定みたいな業を負わずに済んで良かったと思うしかない。
一体、何が悲しくて苦しい業を歩まなければならないか。いち抜けたで拙者は去っていった。後で復帰を何回か打診されたが、二度と戻る事はなかった。他人の結婚祝い金を猫ババするような人間がいる所なんか、頼まれても戻る事はない。拙者まで、将来汚いゲスになってしまう恐れがあったのである。
こんな酷い事をして、少しも気に病まないのがユダ公である。
ユダ公を全滅させるのは正当な事である。
