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個人用途の新速記法 EPSEMS(エプセムズ)

 草書派理論(CURSIVE THEORY)に基づく
  日英両言語対応の手書き速記法

田鎖系折衷派速記法のごく初歩的な書き方で 立ち読みの追憶 2026年4月26日


◆速記符号化した文章の出典:2026年4月26日の日本経済新聞(非営利目的、著作権を尊重し引用) 


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2026年4月26日の日本経済新聞より 文化


立ち読みの追憶 野崎歓

のざき・かん 1959年新潟県生まれ。仏文学者。東京大学名誉教授。最近の訳書にサン=テグジュペリの代表作「夜間飛行・人間の大地」。


町の本屋さんが姿を消している。そんな報道をしばしば目にする。この20年ほどで全国の書店数は半減したのだとか。

確かにそれを実感させられる。数年前、仕事で故郷を訪れたときのこと。用事を終えて夕刻、学校町という懐かしい通りを歩いた。

その名は通りに面して高校が2つあることに由来する。しかし土曜日だったせいか高校生たちの姿はなく、森閑として静まり返っている。さまざまな個人商店が立ち並んでいたはずだが、ちっとも見あたらない。

ぼくにとって、ここは書店街とも言うべき場所だった。間隔を置いて本屋さんが4軒か5軒はあったのだ。

小学校のころ、そろばん塾に通わされた。これが大の苦手で、家を出ると足は塾に向かわずに、学校町を街をさまよい出す。ふらりと書店に入って立ち読みする。そうやって何軒も梯子(はしご)してから何食わぬ顔で家に戻るのだ。

あのころの自分にとって書店は一種のシェルターだった。常に本に接していなくては気がすまない人間になったのも、立ち読みを許してくれた心優しい本屋さんたちのおかげかもしれない。

それらの恩義のある店はすべて消え去っていた。今や全国の自治体の4分の1は、書店が一軒もないのだという。

さいわい現在住んでいる町は安心だ。駅は小さいのに駅前に素晴らしい本屋さんがある。間口は狭く、スペースは限られている。だが一歩入ると棚の充実ぶりは驚くばかり。文芸書や人文系、哲学や芸術関係の新刊が賑(にぎ)やかに並んでいる。こんな本が出ていたのかと、行くたびに胸が躍り、知的刺激を受ける。

沿線随一の店であり、都心の大型書店にだって負けていない。しかも店頭には各種雑誌のスタンドもある。昔ながらの町の本屋さんなのだ。

編集者や知人がやってくるたびに、わが町の誇りというべきこの店の魅力を吹聴した。ここに移り住んで以来20年以上、週に一、二度は立ち寄って棚を眺めてきた。

ところが何ということか。その店が今はもうない。「営業を続けることが困難な状況となり閉店という決断に至りました」。ネット上で告知を知って驚愕(きょうがく)、動転し、痛切な悔恨を覚えた。

思えば長い年月、もっぱら立ち読みばかりだった。この店で手に取って気になった値の張る単行本を、あとで大学の研究費で購(あがな)うというのがパターンになっていた。たまに店で買うのはせいぜい文庫本である。そんな後ろめたさがあるため、店長とは顔なじみになりながら会話を交わしたこともない。常連ではあれ、いつまでたってもこそこそと出入りする影の薄い客のままだった。

閉店までの賑(にぎ)わいはすごかった。最後の1週間など、店内は熱気に満ち、何冊も本を抱えた人たちがレジの前に列をなした。だがそれで閉店が取りやめになるわけではない。40余年続いたという店はついにシャッターを下ろした。

しばらくして元店長を労(ねぎら)う会が近所の居酒屋で開かれた。声をかけて下さる方がいて、ぼくもそのささやかながら心もこもった集いに加わった。

毎週金曜に店長自ら神田まで出向いて新刊書を買いつけていた。昔は夜、駅から出てきた人々がそのまま立ち寄ってくれていたのに、20年前から皆さんスマホ画面に見入ったまま素通りするようになった。それでも、「この本はうちのお客さんが喜ぶな」と思って仕入れた本を手に取ってもらえる嬉(うれ)しさで続けてきた。

そんな話のいちいちが胸に沁(し)みた。店長の頑張りのおかげで、数々の本に接する喜びを当たり前のように享受させてもらってきたのだ。

四百数十年前に賢人モンテーニュは書いている。「書物が自分のかたわらにあって、好きなときに楽しみを与えてくれるのだと考えたり、あるいは、書物がどれほどわが人生の救いになっているのかを認識したりすることで、どれほど私の心が安らぎ、落ち着くのか。とてもことばでは言い表せないほどだ。これこそは、わが人生という旅路で見いだした、最高の備え」(「エセー」宮下志朗訳)

この文章の「書物」を「書店」で置き換えることも許されるだろう。わが町の本屋さんは、まさしく最高の備えだった。

飲み会の数日後、駅前で元店長とひょっこり会った。東京湾で釣り三昧の日々を送っていて、今日もこれから出かけるところだとにこやかに語ってくれた。魚が次々に彼の針にかかることを願うばかりだ。かつての書店はカプセルトイ自販機の並ぶ店になり、若者たちが楽し気に集っている。








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