脱線した速記学習者(=私という筆者)の話 | 個人用途の新速記法 EPSEMS(エプセムズ)

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 草書派理論(CURSIVE THEORY)に基づく
  日英両言語対応の手書き速記法

完璧なテキストなど存在しないのかもしれないが、早稲田式の通信教育のテキストは十分に充実していた。添削もあったが、テキスト内容を学ぶ中で、符号運筆のコツも会得させてくれる丁寧な解説がなされていた。学習分量に、10代前半の私はタジタジだったが、速記に対する興味と夢、熱といったものが継続への支えとなった。早稲田大学の速記研究会から生まれた方式ということになってはいるが、最初のいわゆる第一期早稲田式(単画式)を乗り越えるようにして辿り着いた早稲田式(折衷式)こそが、世に大普及していった早稲田式だ。これは知るべくもないことだが、この折衷式の早稲田式の全て、もしくはほぼ全てを川口渉先生自身が開発していかれたであろうと思われる。これほどの内容をひとつの方式体系としてまとめ上げるという偉業は、主な速記方式に関する相当の知識、理解、解釈といったものを具備しつつ、相当な覚悟と熱量で臨まなければ決して成し得なかったであろうと、速記法体系構築のための苦労、困難を少なからず知るにつけ、驚嘆するほど思わせられる。

 

中根式は学びやすかった。方式内容のみならず、テキスト内容に至っても、ある意味、早稲田式とは似ても似つかぬようなものだった。中根康雄先生が書かれた数十ページ分の符号文例をつぶさにチェックし、方式体系全体のさらなる理解を深めることができた。愛知と東京をはさんで、先生自ら、添削もしていただいた。家族的な雰囲気の中根式ファミリーといった背景の心温まる方式といったイメージが、私の心の中には存在する。中根式発表後の多くの方式に多大な影響を与えたところの、オリジナリティの塊のような大方式である。一見シンプルな構成のようでいて、知れば知るほど奥が深い方式である。

 

石村式のテキストはユニークなものだった。方式自体とともに、創案者の石村善左先生の情熱あふれる労作だ。中根式系統ともされる方式だが、略符号まで学び終え、符号文例を噛み砕く中で、中根式とはまた別の独特な魅力を有する方式であることを知った。濁音表示法など、石村先生のこだわり、主張が込められており、例外的符号設定も少なからずあるが、それによる恩恵も決して少なくなく、美点ともなる。

 

モリタ式のテキストは、たった1冊の本だ。符号文例も、豊富とは決して言えないかもしれないが、著者の谷田達彌先生の人間味あふれるお人柄がそこかしこに感じられるような味わい深いテキストだ。通信教育のテキストは、このテキストをそのまま使う形となっており、添削で書かれた赤ペンによる谷田先生の符号筆跡のこなれ具合に惚れ惚れした。この通信教育に付属して送られてきた副教材としての符号文例が数十ページ分あり、そこに書かれた多くの符号を何度も読み返すことで、独習者として方式体系の学びを多く得た。また、不躾にも、谷田先生には何度もお電話してしまい、速記に関するお話や昔話をたくさんしていただいた。

 

田鎖76年式のテキストは、田鎖源一先生とのお電話でのやりとりの上、郵送していただいた。代金相当の「切手」の送付による支払いというもので、その当時は珍しくもないやり方だった。源一先生の御父上であられる一(はじめ)先生による「51年式〜60年式〜67年式〜76年式」という研究、改良の末に辿り着いたところの、総決算としての方式が76年式だ。一先生が天界に召されるまでの最後の数年間を自ら費やして開発されていった方式でもある。その遺産を源一先生が引き継がれ、より洗練化していかれた。テキストの疑問点に対し、手紙でのやりとりの中、いつも懇切丁寧なお答えをいただいた。どの方式にも似ても似つかない「田鎖家速記文法」とでも表現すべきところの独特極まりないほどの方式でもある。いわゆる実務派方式ならぬ理論派方式とでも思われるような様相の方式だが、その実、これは失礼な言い草かもしれないが、実際には見事に書ける方式なのだ。それを操り、使っていく「使用感覚」も、これまた他の方式とは似ても似つかない、かつこの方式でしか味わうことのできない深味が伴う。

 

V式はとても学びやすかった。阪神淡路大震災からほど遠くない過日、自らも被災され、私とは面識もなかった創案者の小谷征勝先生への初めてのお電話で、御自宅に残るテキストその他の教材を御贈呈いただいた。他の方式の亜流であるとか分派であるとかを完全に超えたレベルでのオリジナリティを具備した優秀な方式だ。「同母音同方向による五十音ストローク」という方式としての基礎符号設定も素晴らしい着眼点となっているとともに、方式体系としての整合性やシンプルさといったものを上手く制御しつつ、注意深く組み上げられていると感じずにはいられない。このV式を学んでいかれる次世代の学習者の方々におかれては、望むらくは、主な日本語速記方式の方式理論のあらましといったものの理解をも合わせつつ、このV式の方式体系、基本理念といった部分を崩すことなく、この方式の価値を味わい、育て、保持していっていただきたいと、心の底より願っている。

 

さて、長々と述べた上での最後は、世界の速記はさておくとして、日本の速記界それ自体についてである。

 

速記法創案者の苦労、テキスト作成者の苦労、普及指導等の苦労が、これまで厳然として「そこ」に存在してきた。

 

加えて、それぞれの時代の学習者(受け手)との関係性や、日本という「お国事情」との絡み等々も「そこ」にあった。

 

ここは英国ではない。米国や独国、仏国でもない。

 

速記界もあちらの速記界ではないし、速記学習者もあちらの速記学習者ではない。

 

もちろん国は人間の集まりであり、いかなる国の人間も同じ人間なのだが。

 

速記学習において、教材を提供したり教育したりする側(速記方式教育者側、速記方式発信者側)も、それはそれで完璧でもなければ、大なり小なりの不備もあっただろうし、反省点もあれば、問題点をそのまま放置してきた側面も少なからずあったことだろうし、問題点を解決してきた部分も数多くあったことだろう。

 

個々人としての人間生活、速記教育者側としての職業生活、限られた時間や経費、その他もろもろの事情の中で、時には怠けることもあったかもしれない、どうしようもないこともあれば、そしてまた時には奮闘したりしてきた、そんな中での速記界の速記教育事情、速記学習環境が「そこ」にあった。

 

「それを言っちゃあオシマイかもしれない」とはいえ、「ただそれだけのことなんだ」とも言えるだけのことなんだ。

 

最終的には「速記学習者の速記に対する興味や熱意、情熱、食らいつき」といったものに頼るしかないという、儚くもけなげな、愛すべき日本語速記のテキストであり、日本の速記界の速記学習環境なんだ。

 

私という「速記人」は不完全極まりない速記人であり、その速記の鍛錬、錬磨のほどは発展途上そのものであり、未熟なものだ。

 

そして、速記を楽しむには「あと数回分の人生時間」が欲しいほど、全く足りないようだ。

 

ああだこうだと思われながら、特にどうこう真意を知ってもらうことも知らせることもなく、やがて速記を楽しむ時間を含めた人生時間の終焉を迎える時が来る。

 

それでいい、そんなのがいい。

 

妄想だけどね。

 

 

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