終戦、原爆投下から六十年。
某国が日本は謝罪するべきだとか首相の靖国参拝に反発したりと喧喧囂囂。戦時中の諸々は確かに酷いことも多かったと思うが、戦後はここぞとばかりに仕返し紛いの行為があったり、日本は唯一の被爆国だってことは彼らには関係ないんだろうなぁ…なんてちょっと難しいことも時節柄思ったり。実際ここ数年見かける追悼の折鶴に火をつけたり、石碑に落書きしたというニュースに、日本の若者は昔戦争があったことなんて知らない関係ないと言わんばかりの事件には微妙な嫌悪感を感じたりすることもある。

ここのところ忙しい上に珍しく頻繁に人と会う機会も多くて、帰りが遅かったからか八月に入った実感がすっかりなかったが、昨日は「火垂るの墓」なんて見てしまったり、筑紫さんがヒロシマ・ナガサキの番組やってたりで、ああ、もうそんな季節かとやっと息をついた。

ヒロシマで起こった被爆の現実に初めて触れたのは小学生の頃。おそらく夏休みに九州の田舎にマイカーで帰省する途中に寄った広島の原爆記念館。社会の授業でもまだ戦争のところまで至っていなかったはず。今見ても凄まじいのに小学校の高学年にもならない子供にはかなりショッキングな場所だった。その後、出会ったのがこの「ふたりのイーダ」。



松谷 みよ子, 司 修
ふたりのイーダ—子どもの文学傑作選

松谷みよこさんという方のお書きになる作品はジャンルでいうと童話に入るのだろうか。しかし初めてこの本を手にした時から今に至るまで、私にとってこの「ふたりのイーダ」は童話だという認識がない。どちらかというと当時同様にインパクトを受けた小泉八雲の怪談や、後生出会うミステリーや幻想小説の類いに近いかもしれない。

木製のイスがカタカタと歩きまわり、おしゃべりをする。
この本を手にしているあいだ、図書館でも団地の子供部屋でもなく、緑の生い茂る雑木林の中の家に迷いこんでいた。主人公の直樹の視線でゆう子を呼び、りつ子お姉さんを見上げるのだ。

数年前に古本屋の100円ワゴンで数十年ぶりに再会した「ふたりのイーダ」は今ひらいても新鮮であり、開くたびに雑木林の家に連れていってくれる。ただひとつ、オトナになってしまった私は“直樹の視線”でなくて“りつ子お姉さんの視線”でこの家を訪れるようになってしまったからか、あのイスが話し掛けてくれなくなってしまったのが残念(笑)




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火垂(ほた)るの墓